Symantec Corporation 1988年 

Lightspeed Cは後にTHINK Cに至るまでPowerPCが登場するまでの間Macintoshの開発言語の雄であった。しかしPowerPCへの対応に大きな遅れをとりMetrowerks社のCodeWarriorにその座を奪われてしまった。 
thinkc
Lightspeed CおよびTHINK Cはエディタ、コンパイラおよびリンカ、そしてデバッガを統合した大変使い勝手のよい開発言語として支持されていたがMacintoshの開発環境はもともとCが主流であったわけではない。 
初期のころはPascalが好まれていた。というよりAppleの開発のためのバイブルともいわれるInside MacintoshがPascalによる記述となっていたからだ。 
その理由はあのビル・アトキンソンにあるようだ。彼がAppleに入社しAppleII用のアプリケーションなどを開発し始めた当時はAppleには開発言語としてBASICしかなかったといわれている。しかしAppleII用のディスクドライブをスチーブ・ウォズニアクが開発し少しづつ環境が整い、より複雑で大きな規模のソフトウェアが求められるようになってきたこともあり、より強力な開発環境が求められていた。 
そんな頃、ビル・アトキンソンの母校であったUCSD(カルフォルニア大学サンディエゴ校)でUCSD PASCALが開発されたのをきっかけに彼はこれをAppleIIに移植したという。 
その後、AppleIIIはもとよりLisaそしてMacintoshにいたる開発環境はPASCALで書かれるようになった。