
小池 邦人 1988年
(株)コーシングラフィックシステムズ 1990年
小池邦人さん作のカラーマジシャンは当初シリアル接続だったため、そのスキャニングスピードは遅かったがすぐにSCSIカードが登場し1990年には(株)コーシングラフィックシステムズからColor MagicianIIIがリリースされ、日本のMacintoshユーザー必須のアプリケーションのひとつとなった。
なおColor Magicianは著作権が1990年に(株)コーシングラフィックシステムズに移ってからも(株)スリースカンパニーが当初から一貫して販売およびサポートを担当していた。

Macintoshがカラーになってから対応アプリケーションが多々登場したがその頃は写真などのリアルな映像をパソコンに取り込む機器がなかった。全然なかったというと嘘になるが超高価なプロフェッショナル用の機器ならともかく一般企業はもとよりデザイナーや個人ユーザーが利用する画像入力機器はまだまだこれからといった状況だったのである。
しかしやれプレゼンだグラフィックだといってもすべてを手描きで表現できるわけもなし写真クオリティの画像をパソコンで扱いたいと考えるのは自然なことである。そんなフラストレーションが溜まりつつあるときにColor MagicianIIは登場した。といっても現在のようにMacintosh用のイメージスキャナがメーカーから販売されていた訳でもなく小池さんの工夫とアイデアにより当時PC-9801用に発売されたばかりのEPSON GT-4000がMacintoshで使えるようになったのだ。
ところで、あるときのビジネスショーなどで当時のエプソン社営業の方に非公式にお礼を言われたほどColor Magicianの存在はGT-4000の売り上げに大いに寄与した(^_^)。
なにしろ最低ソフトウェアの販売本数分だけGT-4000がユーザーの手に渡ったと考えてもそれは自然な推測であろう。そしてたぶん一時期にはPC用としての出荷よりMacintosh用に向けられた台数の方が多かったと想像できるが残念ながらエプソン社側はそうした傾向をつかんでいなかったようだ(^_^
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それはともかくColor MagicianIIは256色カラーパレットの調整は勿論、大変使いやすい簡便なインターフェースで印刷物をスキャニングできたのだから多くのデザイナーやクリエイターの方々は驚喜した。
事実当時Macintoshは日本語処理に弱いパソコンであると判断されており(一時期はその通りだった…笑)、その為に販売戦略としてはその高度なグラフィック能力を売りものとしていたのである。したがって当事者として僭越だがもし当時の日本でColor MagicianIIおよびColor MagicianIIIが存在しなかったら日本市場におけるMacintoshのブレイクは二年ほども遅れることになったと想像できよう。
現在は安価なイメージスキャナに専用のソフトウェアがバンドルされる時代となりColor Magicianの役目は終了したといえようがSCSI仕様のMacintoshを使っている人たちの中にはまだまだGTシリーズのスキャナとColor Magicianを愛用している方たちも多い。ありがたいことである。