
Amazonに予約注文を入れていた林信行さんの新刊「スティーブ・ジョブズ成功を導く言葉」が届いた。本書はApple Inc.のCEO、カリスマ経営者であるスティーブ・ジョブズがインタビューやキーノートなどなどさまざまな機会に発した印象的な台詞を集めた1冊である。
我々アップルユーザーにとってスティーブ・ジョブズに関する情報は嫌でも五感に訴えてくる性格のものだし、彼の一挙一同に聞き耳を立ててしまうことはある意味当然のことである。しかし最近はユーザーだけでなくカリスマ経営者として彼の言動は注目を浴びているという。
周知のようにジョブズは友人のスティーブ・ウォズニアックらと1977年にAppleを創業し20歳代で大成功を収めた希有な経歴の持ち主である。そして文字通り栄光と挫折を経験し、自身が創業した会社から追われるようにして辞めざるを得ない屈辱を味わったが、後に再びAppleに請われて戻るという不思議な経歴の持ち主である。
彼が登壇するMacworld Expo(来年からAppleは不参加表明している)の基調講演などではジョブズのプレゼンテーションを見ようという人たちが数千人も並んで開場を待つ光景が毎回見られるというこれまた不思議な経営者である。
世界には多くの魅力的な企業が存在するが、企業自身が新製品発表などの機会にメディア各社を招待することはあっても一般ユーザーが数千人も長蛇の列をなして開場数時間も前に並ぶという企業はまずないだろう…。
この一点だけでもAppleという企業が、いや…そのCEOであるスティーブ・ジョブズがある意味特別な存在として認識されていることが分かる。そして昨今出口の見えない不景気の世界にあっても常に業績を上げつつ、業界の注目とユーザーの期待を受け続けているのも凄いことだ。
※林信行著「スティーブ・ジョブズ成功を導く言葉」青春新書刊 表紙
ただしジョブズの…特に若い頃の言動には眉を顰めるようなことも多く、尊大で我が儘、そして他人のことなど少しも顧みない人物とも言われていた。いわば異常に注目されるからだろうが闇の部分もクローズアップされてきた。
例えば前記した共同創立者で友人であるはずのウォズを金銭的なことで騙したり、最初期入社したスタッフ等へのストックオプションを拒んだり、未婚の女性に生ませた自分の子を長い間認知せず養育費の支払いも拒絶したりといった人間性を疑われることも多々あったとされる。
まあ一般常識(これが問題なのだが)から見れば、いくら自身の思いに正直に行動するとは言っても他人を顧みないような人間は嫌われ者で片付けられてしまいがちだが、ジョブズは違った…。いわば「ジョブズとはどんな人物なのか」という自身への強い視線を知りつつ、回りを翻弄する言動を繰り返す反面、意外なほどの暖かい人間味も見せるというなかなか一筋縄ではいかない人物なのである。
私は足掛け14年間アップルのデベロッパーだったこともあり、いま思うと多々恵まれた機会を得、その当時Appleのキーマンだった人たちと会うことができた。それらの人たちの中にはマイケル・H・スピンドラー、ギルバート・アメリオ、ドナルド・A・ノーマン、ガイ・カワサキ、エレン・ハンコック、そしてハイディー・ロイゼンなどがいたが、それぞれ名刺交換だけでなく他のデベロッパーたちと共に会食したりという思い出深い時間を共有したこともある。しかし残念ながらスティーブ・ジョブズとは直接話す機会はなかった。
遭遇したのはサンフランシスコのMacworld Expo会場内をジョナサン・アイブらと回っている姿を数回見たし、NeXTの発表会時に幕張のホテル内でタキシードを着て緊張した様子のジョブズとすれ違った程度だ。
とはいえ話す機会がなかったわけではない。それはあるときのExpo/Tokyoだったが、アップルジャパン主催でトップデベロッパーらが招待されパーティが開催された。そこに突如例の黒いシャツにジーパンという姿でジョブズが現れたことがあった。そのとき、狭い会場の雰囲気は盛り上がるどころか凍り付いたように思えた…。
これが前記したギルバート・アメリオであったりしたときには下手な英語で近づき名刺交換するとか、握手のひとつでもしてもらうことを常にしていた私だが、この時のジョブズの姿は回りのデベロッパーたちには目もくれず、視線を合わすこともなく…いや、我々がその場にいることなど眼中にないといった態度であり取り付く余裕がなかった。なんだか彼の回りにはバリアーが張られているようで近づくことなど思いもよらないといった意識を我々に与えたのである。したがって短い時間ではあったが私が観察していた限りでは誰一人彼に声をかけたり名刺交換をしたということはなかったはずだ。
そしてただただ取り巻きのスタッフ等と数分会話をしただけで出ていってしまった。唖然としている我々招待者を残して…。
まあ、ビジネスマナーがどうのこうの…といったどうでもよい話はともかくとしても個人的には「なんて失礼な奴なんだろう」と思った(笑)。繰り返すがその場はアップルジャパンが招待し集まっていたデベロッパーたちである。普通に考えたら米国本社の最高責任者として挨拶のひとつあっても罰は当たらないはずだ。
ともかく私の会社が積極的に事業を続けてきた時期はジョブズが不在の時代だったこともありAppleに関して多くの情報を、それもいまだに公言できない様々な情報を知っているつもりの私にしてジョブズ個人のことに関してはあまりピントこないのだ…。
本書はそんなスティーブ・ジョブズを彼がさまざまなシーンで発言した興味深い発言の中からそのカリスマの魂に触れようとする一冊である。勿論そのジョブズを知るということは躍進を続けるAppleという企業を知ることに等しいわけだ。
これまでAppleという企業情報を追い続けてきた私にとっても個別に紹介されることがほとんどだったジョブズのこうした名台詞の数々を一同に味わえる本書の意義は大きなものがある…。
是非一読をお勧めしたい。