
Appleの新製品、Magic Trackpadが届いたので取り急ぎひのファーストインプレッションをお届けしたい。巷ではこのMagic Trackpadの登場はマウスの終焉を意味するようなことを明言するニュースもあるが、それはきちんとコンピュータの歴史を見据えていない…短絡的で早とちりの考え方であろうと思う。
Appleの真の意図は不明だが素直に受け取れば、今回のMagic TrackpadのリリースはMac ProやiMacといったデスクトップマシンにマルチタッチインターフェースの恩恵を与えたいということではないだろうか。MacBookやMacBook Proといったノート型マシン搭載のトラックパッドが人気だそうだしiPadといった文字通りのマルチタッチインターフェースで画面をオペレーションする製品も登場した。したがってその恩恵をデスクトップマシンのユーザーにも十分に体験させたいという意図ではなかったか…。
※Magic Trackpadパッケージ背面にはポイント、クリック、ピンチなどなどの操作例が記されている
確かにマウスという代物がコンシューマ向けパーソナルコンピュータに標準装備されたのはAppleのLisaであり1983年のことだ。したがってすでに27年にもなるわけで、その間ボール式から光学式へ、そして現在のMagic Mouseのようにレーザーエンジン搭載、そしにBluetoothといった無線による利用が可能といった進化をしてきたもののすでに登場から27年もたった古いデバイスだ…と言いたいのだろうか。
結論めくが私見ながらMagic Trackpadは現在の所マウスの代替え品となるべくデバイスではなく、それを捕捉あるいは拡張するものではないだろうか。それに…実際問題としてMagic Trackpadのパッケージに明記されているが、Magic Trackpadの設定にはキーボードとマウスの存在が不可欠なのだ(笑)。
※Magic Trackpadとサイズ比較のために置いたiPhone 4
ともかく重要なのはユーザーがコンピュータに何を求めているかによる。決して卑下した物言いをするつもりはないが、メーラーとブラウザあるいはTwitterだけ…といったユーザーならマウスならずともMagic Trackpadで十分だし、そもそもがデスクトップ機など不要であろう。またデジタルカメラで写真を撮り、iPhotoなどを介してウェブ上で共有するといった使い方でも特にマウスは不可欠というものではないかも知れない。
文字通り、なにかを指し示し選び、それをON-OFFし、移動したり範囲指定あるいはサイズ変更といったオペレーションならMagic Trackpadやトラックパッドで問題ないはずだ。しかし慣れも大いに関係するだろうが、あるポイントから離れた別のポイントに瞬時にそれも正確に移動するには私にはマウスの方が楽だし、描くという行為に至ってはこれまたマウスの方が合っているように思える。
※Magic TrackpadのデザインはApple Wireless Keyboardにそっくりだ
とはいえ私はマウスをポインティングデバイスとして最良最高のものだと申し上げているわけではない。
私の右手はマウスの使用が原因で腱鞘炎になった。それだけ長い間マウスを使ってきたわけだがポインティングデバイスとしてのマウスだけ(片手操作)であれこれとオペレーションするには少々限界を感じてきたことも事実である。
マウスはご承知のように1960年代後半から1970年代にSRI(スタンフォード研究時)のARC(オーグメンテーションリサーチセンター)にいたダグラス・C・エンゲルバートにより発明されたものだが、そのマウスは現在と同様なQWERTYキーボードおよびコードキーセット(片手キーボード)と呼ぶ5つの鍵盤のようなスイッチを持つコマンド入力装置と共に使われることを想定されたものだった。
この事はエンゲルバートに強い影響を受けたアラン・ケイがゼロックス社のパロアルト研究所で生み出した暫定ダイナブックとしてのAltoとSmalltalkシステムにそのまま継承されていることは忘れてはならない。
※ゼロックス社のAlto にはフルキーとは別に3ボタンマウスならびにコードキーが用意されていた
マウスとコードキーセット、あるいは一種のタブレットなどの入力装置が共に試行錯誤の中で同時使用を考えられてきた目的は無論オペレーションの効率向上にある。
エンゲルバートにとってのマウスとコードキーセットは基本的な人間の能力を人間工学的あるいは認知科学的に最適化しようとする努力の一部だった。彼はコンピュータプロセスに対してコマンドを出すのに必要なキーストロークができるだけ少なくなるように、ユーザーが片手にマウスを、もう一方の手にコードキーセットを持てるようにしたかったのである。
そもそもエンゲルバートが想定したユーザーにとってコンピュータは単にデータを入力し、保存し、検索しオペレーションするだけの道具ではなかった。それは「思考のための新しい方法」としてコンピュータを使うというユーザー層を想定したものだった。
だから、私にはMagic Trackpadはマルチタッチインターフェースという最新のテクノロジーで覆われているある種のコードキーセットに思えてならないのだ。無論コードキーセットは5つのキーをひとつひとつ押すといった目的ではなくちょうどピアノで和音を弾くように複数キーを同時に押さえることで固有のコマンドを送るといった考え方に基づいていた。したがってMagic Trackpadとは当然コンセプトも違うわけだが無理やり符合させるとすれば複数の指を組み合わせて使うといった点では類似している。そして例えばApple Wireless Keyboardを中央に、そしてMagic Trackpadを左手、マウスを右手にするときデスクトップのオペレーション効率はかなり向上するように思える…。だからというわけではないがMagic Trackpadの登場はマウスに取って代わるデバイスではなくエンゲルバートが夢見たようにマウスと併用することで我々ユーザーの能力を最大限にまで引き出すことに寄与することになるのではないかと思うのだ。
すなわコードキーセットのように複数の指によるオペレーションが可能なMagic Trackpadとマウスを一緒に使うことは新しいことでも何でもなくパーソナルコンピュータの歴史にとって回帰といってもよいのかも知れない。無論こうした歴史感やその意味することを知らないスティーブ・ジョブズたちではあるまい。
大切な事はMagic Trackpadが新しいデバイスでありマウスが古いという認識ではないはずだ。ましてやMagic Trackpadの登場がマウスというデバイスの終焉を意味するといった物言いはあまりにも短絡的で陳腐に思える。
ますます多様化する現代社会に見合う最良の使い勝手をコンピュータに求めるとき大切な事は、果たしてどのようなユーザーインターフェースが最適で、かつどのようなポインティングデバイスが最も使いよいものなのかを見極めていくことだ。単純にマウスをMagic Trackpadに置き換えたところでコンピュータはユーザーの成長に寄与するものとはならないと考えるがいかがだろうか。
■Apple Magic Trackpad MC380J/A
【参考資料】
・Thierry Bardini著「ブートストラップ~人間の知的進化を目指して」コンピュータ・エージ社刊