
Appleのグローバル・サプライマネージャーだった人物が中国、シンガポール、韓国、台湾などのサプライヤーメーカーからアップルの機密情報提供の見返りに100万ドル以上ものキックバックを受け取っていたことが発覚し逮捕されたというニュースは確かにショッキングなニュースだがこの種のことは残念ながらビジネスの現場では珍しいことではない…。
もし賄賂といった違法な行為がビジネス世界に珍しいことだと考える人がいるなら、そうした方々は恵まれた類い希な世界にいらっしゃるか、あるいは経験の浅いビジネスマン(ウーマン)であると断言して良いかも知れない。
私はサラリーマン時代を通じて背任とか横領で会社を解雇された人間を数人見知っている…。うち1人は発覚後自殺を目論んだが失敗…。
無論私はここで「ビジネスに賄賂はつきものだ」としたり顔を決め込んでいるわけではない(笑)。ただし賄賂の罪(賄賂罪)は一般的に贈賄先が公務員であることが要件となり、民間企業の場合では企業や株主の利益を損ね組織や団体の趣旨に反した行為は背任罪が適用されることになる。
ところでAppleの秘密主義とその徹底さはよく知られていることだが、どうも最近はリリース前の情報が漏れたり、従業員が試作品を落としたりと一時期の緊張感が無くなっているようにも思えるがAppleのビジネスがより巨大化しつつある現在、特に製造面で中国などに頼らざるを得なくなっていることもあり、情報を完全に押さえ込むことは益々難しくなっているに違いない。そして規模あるいは内容はともかく不正行為はこれまでにも多々存在していたはずだし、企業のグローバル化と巨大化でより目立つようになったということか…。
そして私自身1989年から足かけ14年間アップルのデベロッパーとして国内の多くの企業や団体とビジネスを行ってきたがキックバックとかリベートを要求されたことは一度や二度ではなかったから今回のニュースも特に驚くことではなかった…。
今回はすでに15年以上も前のことになるがデベロッパー時代のそんな一例をご紹介してみよう…。
ある年のあるとき、A社のXさんが私の会社を訪れた。その方とはこれまで随分と仕事を一緒にやってきたことでもありいわゆる気心はよく知っているつもりであった。そして彼は優秀な営業マンで快活・豪快といったイメージの人物だった。
応接室で型どおりの雑談後、そのXさんは珍しく急に声のトーンを落とし「松田さん、折り入って相談があるんですが…」という。
私も自称百戦錬磨のビジネスマンであるからして意図的に膝を乗り出すポーズをするとその方は「あるMac音楽関連製品なんですが…事情がありまして…御社を通して□□社に販売いただくことは可能でしょうか?」という。無論私の会社はソフトハウスであり、主に自社開発のソフトウェアで喰っている会社だったがその製品を仲介したとしても定款に違反するわけでもなく特に問題があるとは思えなかったので「無論結構ですよ。ただし条件がおありなんでしょう?」とたたみ込んだ。
私の率直な態度に安心したのかXさんは「○○社からの製品を御社経由で□□社に納めるんですが売上金額は700万円ほどになります」という。
私は「で、当社のマージンはどれほどいただけるんでしょうか」と単刀直入に聞いた。
いわゆる納品書ならびに請求書を発行するだけとしてそれは旨みのあるマージンだった。正確な数字は忘れたが確か200万円ほどの利ざやがあったし何よりも販売先は名の通った企業だったから取りっぱぐれはないだろうと判断。しかしそれで話しが終わりということではないことは私も百も承知していたから「Xさん、まだ条件がおありなんでしょう?」と柔らかい調子で水を向ける。
「そうおっしゃっていただけると言いやすいんですが…」と少し口ごもりながら「松田さんのところの利益のうちから50万円を紹介料ということで私個人にいただけないでしょうか」という。私は意識的に笑顔を続けたまま「なるほど…ただし弊社の税務処理上きちんとお聞きしておきたいのですがそれは領収書をいただけない類のものですよね」と素直に聞く。相手はすまなそうに「ええ…」と返事。
本来、紹介料といった類の支払はそれを生業としていない相手への支払の場合、一般的に交際費として経理処理されるべきだが、それにはある種の書面の取り交わしがあることが望ましいし無論授受を証する領収書が必要だ。そして受け取った当人には所得税の申告義務がある。しかし今回は表に出せない…出したくない類の話しを含んでいるからややこしい…。
私は「わかりました」といいながら膝をたたき「ありがたいお申し出ですからお受けいたします」と答えた。
その依頼を受諾したのは領収書うんぬんの問題を別にすれば私の会社にとっては何の疚しいことはないし取引自体違法ではないからであった。結局間違いなく700万円なにがしの売上金は予定通りに回収されその内の大半は当然のことながら仕入れ先に支払った。そしてその数日後再び来社されたXさんに私は約束通り現金で50万円を渡した。
そう、彼に渡した金は実のところ会社の金ではなく私のポットマネーから捻出した金だったのである。したがって領収書をもらう必要もなく私の会社の経理上、税務上に問題が生じることもなく社員たちにもそのことは明言しなかったから会社としては文字通り200万円なにがしかの利益をきちんと受けたのである。
これが会社の利益の中から捻出するとなれば領収書は不可欠でどうあがいても不正な経理処理となるから、話しがあったときこうした対処法を密かに決めた上での配慮であり会計事務所にもその経緯を含めて確認した上でのことだった。無論Xさんからの依頼だったからこそ実行したまでのことである。
ただし申し上げるまでもなく私個人は50万円の損をしたことになると同時にXさんはまさしく自身の立場を利用して個人的な益を受けたことは間違いない。
社員のひとりは「伝票を通すだけで、こういういいビジネスってあるんですね」とお気楽にほざいたが、私の懐から出た金のことは知らない…(笑)。
私の会社は外部からの資本に頼ってはいなかったし私自身はそのオーナー社長だった。したがって自身の年俸などは業績に鑑み自分で決められるわけで社長といえども企業の利益を個人で搾取するなどということは思いもかけなかったがいわゆる雇われ社長とか、いつ首を切られるか分からない立場にいる役員たち、現在の職場をほんの腰掛け…ステップアップとしてしか考えていない人たちの中にはその在任中、自身の権力が及ぶ範囲で金を集めておこうというけしからぬ思いに駆られる人たちが存在することは幾多のニュースなどでご承知のとおりだ。
無論こうした行為、すなわちある種の賄賂というか個人が企業間ビジネスにおいて利益を搾取することは違法性うんぬん以前に本来あるべきことではない。しかし私らのようなマイクロ企業でもそうした話しは結構持ち込まれたのだから例えばアップルのような時代の寵児として注目されている企業の…それも要職にある人たちにはこの種の誘惑が多々存在すると考えても不自然ではないだろう。そしてこの種の誘惑は最初から大きな規模であることは少なく、回を重ねるごとに規模が大きくなり慣れるというより罪悪感が麻痺してしまうのが普通なのだ。
気がついたときには抜き差しならぬ状態になってしまうというのがよくある話しなのである。中にはそうした不正な話しを持ち込まれたとき「自分は信用されているんだ」と勘違いする人物もいるらしい(笑)。
我々の世界はあのエデンの園以来、誘惑に充ち満ちている。特に責任ある立場にいる人ほど誘惑は多い。そして金が欲しいのはみな同じだが、お互い不正行為に足を染めないよう常に自身を見つめ直すことが重要なのである。