
今回のテーマは1996年7月1日、アップルコンピュータ社が配布した「Mac OS 8 〜 次世代パーソナルコンピューティングのための基礎(日本語版)」という31ページほどの資料を基に、Mac OS 8と当時のAppleにおけるOS戦略を垣間見ることにしよう。
手元に残っているこの資料は、正確な記憶がないものの、一緒に残されている他の資料などと関連づけて考えると1996年に開催されたJDC(Japan Developers Conference)に併せて作られたものではないかと思う。
それはA4版モノクロ、31ページで構成されているが、その内容は多方面からのMac OS 8紹介と解説という形を取りながら、Mac OS 8がリリースされた時にいち早くデベロッパーが対処でき、対応するソフトウェアや周辺機器の速やかな移行を促すことを目的としている。
※1996年7月1日、アップルコンピュータ社が配布した「Mac OS 8 〜 次世代パーソナルコンピューティングのための基礎」
しかし実際のMac OS 8はこの時点では存在せず、翌年1997年の登場を待つことになる。ともかく往時の状況を過去の現実として冷静に見ることができる現在から考えるとこのMac OS 8 は中継ぎのOSであり、Appleとしても妥協と苦渋のOSであったに違いない。
※Mac OS 8 (コードネーム Tempo)は1997年に発表された
Mac OSは一応Mac OS 7.xにおいて質の高い開発ができたものの、それは過去を背負いすぎた、いわゆる建て増しのOSであった。
AppleはいわゆるモダンOSと呼ばれるメモリプロテクションや本当の意味でのマルチタスクを実現するOS(開発コード名「Copland」)を、これまでどおり自社で開発すべく1995年あたりから努力を進めてきた。
「Copland」の一題命題はこれまでのMac OSの資産を100% 生かしながら、モダンOSの実現を図ったものだが開発は幾度となく延期され、ついにはその開発は断念されたことは周知のことである。
Mac OS 8はいわば「Copland」で考えられていたテクノロジーの極一部やそのコンセプトの一部をある意味強引に取り入れた過渡期のOSであったといえるが、当時のAppleは「Copland」開発の進捗状況を正しく把握できないままに、OpenDocやCyberdogといった目新しい部分をちらつかせながらある意味、時間稼ぎを続けた苦悩の時期であった。
※1996年、開発者に向けて配布されたOpenDocおよびCyberdog 1.0
さてそうした背景を考えながら「Mac OS 8 〜 次世代パーソナルコンピューティングのための基礎」の構成を見るとなかなか興味深い。
まずMac OS 8を開発するために、Appleでは4つのテクノロジー戦略を採用したことをアピールすることから始まっている。
その1番目はオープンにライセンスされるOSプラットフォームのキー・テクノロジーとして、RISCテクノロジ、マイクロカーネルの基礎そして業界標準のOpenDocコンポーネント・ソフトウェア・アーキテクチャ、すなはち先進的な基礎テクノロジの採用をあげている。
第2番目としては、使いやすいヒューマン・インタフェース、グラフィックスとマルチメディアに最適な環境および拡張された通信機能と協調作業のための機能といった次世代のプラットフォームの提供をあげる。
第3番目は他のプラットフォームのサポート、すなわちMac OSとDOS/Windows ベースの互換操作性を確実にすることとある。
そして最後の第4番目は、ネットワーク・サービスとして業界標準のネットワーク・サービス、インターネット、サーバー・ブラットフォームとシームレスに統合すべく、Mac OS ベースのシステムを最高のネットワーク・クライアントにするというものである。
こうした序文的な解説を続けた後、資料は「Mac OS 8の利点」と題する本格的な説明に入る。その項目は「Power Beyond Speed」「Tools to simplify a complex world」「The freedom to create」そして「Compatibility – backward and forward」の4に分かれているが、それらは前記した1番目から4番目までのテクノロジー戦略と対応したさらなる詳細な解説である。
興味深い例としては「Tools to simplify a complex world」の検索テクノロジーだ。Mac OS が使いやすいユーザーインタフェースを持っていることを前提としながらも、グラフィカル・ユーザー・インタフェースだけがコンピュータの使用を容易にするただひとつの要因ではないとし、ローカルおよびネットワーク・リソース上に存在する膨大な情報から必要なものを直感的に見つけ出すことの必要性を挙げている。そしてMac OS 8の新しい検索機能を解説しているが、そのファイル・システムの階層構造をバイパスし、複数のレベルからなるファイル、フォルダ、アプリケーションを自然な言語で検索できることを強調している。
実はこのとき、その検索システムにはネーミングがなかったが、それはいみじくもMac OS 8.5から登場した「Sherlock」の原型であった。さらにマルチリンガルやユニコードのサポートなどもうたっているが、その本当の意味での実用性を考えるならMac OS Xの登場を待たなければならなかった。
またここでは、QuickTime Conferencingによるビデオ会議のサポートやOpenDocコンポーネントに基づくCyberdogなどについても記述があるが、その実用に至らなかった事を実体験している我々から見ると、その解説は何とも空々しく思えるのは仕方があるまい…。
「The freedom to create」の項ではデスクトップ上での高品位なパブリッシングの実現を目指すことが挙げられている。
ColorSyncによるカラーマッチングも強調されてはいるが、このカラーマッチングはいまだにプロフェッショナルにとって神経を使う問題であり続けている。
マルチメディアとしてはQuickTimeについての解説で、QuickTime VRのサポートとQuickDraw 3Dのサポートを強調し、これらがデスクトップ・パブリッシングはもとより、グラフィックスやマルチメディアの分野においてMac OS 8が主導的地位を成すものであるとしている。
※1996年に配布されたQuickTime VRプロモーションCD-ROM
そして最後に「むすび」として相変わらずではあるがMac OSとWindowsの比較がなされており、1994年のArthur D.Littleの報告として、Mac OSを使用している人はWindowsを使用している人よりも2倍生産性が高いとされることなどを挙げてMac OSの優位性を強調し、Mac OS 8の強力さをアピールした。
以上大変簡単に「Mac OS 8 〜 次世代パーソナルコンピューティングのための基礎」の内容を紹介した。
デベロッパーとしてその時代を体現してきた一人として現在からこの内容を眺めると、Mac OS Xに至るまでの間にAppleが考えてきた…進めてきた、あるいは実現を目指した多くのテクノロジーのあり方がよくわかる。しかし繰り返すがうたい文句とは裏腹に実現出来得ない事が多かったし、OpenDocのように消滅したものもあるわけで、繰り返すが白々しい感じを受けるのはやむを得ないだろう。
とはいえ、本資料の中でBYTE Magazineの評として「過去十数年のコンピュータ業界の歴史を、Appleに追いつくための果てしない努力であったと書いても、それは膨張にはならないだろう。1984年、Macの登場に際して加えられた批評はあまりにも単純すぎた。その後の歴史を見れば、GUI、デスクトップ・パブリッシング、ビルトイン・ネットワーキング、プラグ・アンド・プレイ、統合化マルチメディア…など、Macがパーソナル・コンピューティングにおけるほとんどすべての革新のパイオニアであり、かつ伝道者であり続けてきたことは明らかだ」としていることはこれまた事実でなのである。
こうした苦悩は、真のパイオニアだけが体現しなければならない事なのかもしれない。