私はiPhoneにゲーム類はほとんどインストールしていないが先日「AliceX」というゲームを購入した。これはかつてAppleでLisaやMacのFinder、Newton OS開発などに貢献したプログラマ、スティーブ・キャップスが1984年に開発したApple最初で最後の純正ゲーム「Alice~Through the Looking Glass」をリメイクしたものだからである。

 

スティーブ・キャップスが開発したApple純正ゲームとして1985年にリリースされた「Alice~Through the Looking Glass」は当時あまり注目を浴びることはなかったがそれは後述するようにソフトウエアの出来が悪かったからではなく不幸な事情が重なったからだ。
ともかくその懐かしいゲームをスティーブ・キャップス自身がMacintosh 25周年記念を機会にとiPhone/iPod touch用としてリメイクしたのが「AliceX」なのである。無論この「AliceX」はAppStoreから購入可能だ。

AliceX_00

※「AliceX」のスタート画面には作者のスティーブ・キャップスの名前が…


現在の視点からこの「AliceX」を評価するなら特に優れた…というか、面白いものではないかも知れない。私自身もあらためて遊んでみたいというのではなく、ただただ懐かしく「Alice~Through the Looking Glass」を愛する一人としてその中身を確認したいと購入してみた一人である。ただしMacintosh版が登場した1985年はその素晴らしい出来のパッケージと共に3D表現のチェス盤やキャラクタの美しさに驚いたものだ。そしてフロッピーディスクには別途迷路ゲームやデジタル時計のプログラムが入っていたが「AliceX」にはそれらは含まれていない。

AliceX_01

AliceX_02

※「AliceX」のプレイ画面。一部カラー化以外はMacintosh版と同じである(上)。シェチャー猫も同じように登場する(下)

 

 さて、自慢するわけではないがこの「Alice~Through the Looking Glass」に関し当時の日本できちんと活字として紹介したのは私が最初だったに違いない。
無論その時代はインターネットもブログも私たちの前にはなかったから、一般的に原稿を書きそれを公に発表できる機会は多くなかった。しかし幸い私はすでにライターとしてホットな話題を提供できる立場にあったからだ。
「Alice~Through the Looking Glass」のゲームそのものについては別途ご紹介したことがあるので重複を避けるが、1985年に発売された直後に執筆した原稿は1986年の1月2月号(発行は1985年12月26日)の「アップルマガジン」に掲載された。

AliceX_03

※1985年に発売された筆者による「Alice~Through the Looking Glass」紹介記事。1986年の1月2月号(発行は1985年12月26日)の「アップルマガジン」に掲載


余談ながらイーエスディラボラトリ社発行のこの「アップルマガジン」は事実上この号で最終号となったのだが…。
実はこの号に私は6編もの記事をさまざまなペンネームで掲載しているのである(笑)。念のためそれらを見ると記すと「日本語ワードプロセッサ EgWord使用記」、「インスタント漢字」、「マックペイント講座~第2回」、「SIDEKICK」、「AliceとL.キャロル考」そして「『アリス』ゲーム オリジナルパターンの作成」であった。
記事ページが全部で97ページほどの内、私が書いた記事部分のページは合計27ページだったからなんと1/3 近くものボリュームを一人で書いている。我ながら呆れるが常に誰よりも新鮮で新しい情報を自身が求めていたからこそ可能なことでもあった。無論それらの情報の出所の多くは「アップルマガジン」の発行元であるイーエスディラボラトリであったことは申し上げるまでもない。

AliceX_04

※これまた筆者の原稿。「Alice~Through the Looking Glass」のオリジナルパターン作成方法を紹介

 

 このゲーム「Alice~Through the Looking Glass」はスティーブ・キャップスの手によりもともとLisaでプログラミングされたものだった。当時のキャップスはLisa開発チームに帰属していたからだ。
ブルース・ダニエルズによりMacintoshチームに仲介されたそのゲームはスティーブ・キャップス自身により2日間でMacintoshへの移植が行われ、当時のMacintosh開発チームのほとんどがこのゲームに夢中になったという。
その中の一人で一番熱中したジョアンナ・ホフマンが簡単すぎると注文を付けためキャップスはパラメータを調整したという。しかしアンディ・ハーツフェルドいわく、そのためゲームは平均的なプレイヤーにとって難しくなってしまったらしい。
そしてゲームの完成度の高さを評価したスティーブ・ジョブズは「そいつ(キャップス)をMacチームに入れるんだ!」と言い、Lisaの開発が一段落したからだろうか1983年1月スティーブ・キャップスはMacintosh開発チームの一員となった。

そう…完成したゲームは一時Electronic Arts社を通して販売するといった案もあったがスティーブ・ジョブズはAppleから販売することを譲らず、マーケティングもパッケージングも豪華にやってやると宣言したという。
事実1984年1月24日の年次株主総会でスティーブ・ジョブズが初めてMacintoshを公に紹介した際にはそのデモの一部にこの「Alice~Through the Looking Glass」の画面も含まれているからジョブズ自身もこのゲームの優れた点を認めていたと思われる。
以下YouTubeの映像の場合は2分43秒あたりからその3D調に描かれたチェス盤のイメージが登場する。その後にMacintosh自身がスピーチする例のデモが始まり会場はスタンディングオペレーションの熱狂に包まれる…。

※スティーブ・ジョブズによる有名なMacintosh紹介映像にも「Alice~Through the Looking Glass」が登場する

 

さて結果は周知のように「Alice~Through the Looking Glass」のパッケージは実に見事なものだったもののAppleは販売のための努力をしなかったといってよい。したがって製品はMacintoshユーザーの目に触れる機会が大変少なかったと想像できる。
その原因はいろいろと憶測されたが1984年にリリースされたMacintosh 128Kはメモリも少なく市場ではビジネスに向いていないという評価を受けていた。
当時のAppleはこの評価を払拭することが至上命令であり、メモリを4倍にしたMacintosh 512Kを急遽投入したがそうした時期にゲームソフトを積極的にアピールしたくなかったようだ。リアルタイムにMacintosh 128Kを手に入れた一人として決して当時のマシンをゲーム機と捕らえたことはないが例えば近年発刊された「DIGITAL RETRO」というオールドマシンを紹介している書籍で当時のMacintoshをゲーム機と称している誤った認識があるくらいなのだ。
ということでこの優れた製品は残念ながら多くのユーザーの目に触れずに時が過ぎてしまった不幸な一例といえよう。

いまiPhoneで遊ぶことの出来る「AliceX」は無論カラーである。ただしMacintosh用としてリリースされたオリジナルバージョンは当然モノクロだが登場するキャラクタをユーザーが変更できるなど自由度もあった。とはいえ「Alice~Through the Looking Glass」のユーザーであっても今となってはそれさえ知らない方が多いと聞く。
長い時間が経ったのだからそれも仕方のないことだが「AliceX」の前身「Alice~Through the Looking Glass」はまさにAppleからリリースされた最初で最後のゲームソフトであり歴史の輝く一コマであったことを是非知っていただきたいと願う。そしてこの「AliceX」を見ていると当時イーエスディラボラトリ社で「Alice~Through the Looking Glass」を2つ購入し、パッケージに傷を付けないようにと大切に持って帰ったことを思い出す…。

ところで若き数学教師のルイス・キャロル(本名=C.L.ドジソン)によるアリス物語はキャロルがポートに乗りながらリデル学寮長の子供たちを楽しませるためにある意味口から出任せ…とりとめのない物語を話して聞かせたことが発端だった。その後その子供たちのひとりでもあったアリス・リデルの要望でキャロルはその物語を直筆で一冊の本にしてこれまた自身で挿絵を描いたものを1864年11月26日、クリスマスプレゼントとしてアリスにプレゼントしたものだった。

AliceX_05

※筆者所有、ルイス・キャロルによる手書本(英国大英図書館蔵)レプリカ。右のしおりに載っている写真は当時のアリス・リデル本人


スティーブ・キャップスによるゲーム上のアリスは後ろ姿しか見せないが、当時7歳前後だったアリス・リデルをキャロルが撮った写真がいくつか残っている。それらを見るとアリス・リデルの何と愛らしく魅力的なことか…。

AliceX

icon

【主な参考資料】
・「APPLEマガジン」1986年 Vol.4 イーエスディラボラトリ刊
・アンディ・ハーツフェルド著「レボリューション・イン・ザ・バレー」オライリー・ジャパン刊