
Appleから公式にスティーブ・ジョブズ氏の健康問題についてコメントが発表された。これまでプライベートな問題だからと避けて通ってきたAppleだが株価への影響は勿論、市場での憶測が一人歩きし過ぎたので無視できなくなったに違いない。しかしAppleの近未来を盤石にするのはジョブズ氏の健康問題だけでなく後継者を明確にすることが重要だと思われる。
まったく個人的なことだが、私が1977年12月にワンボードマイコンを手に入れ、この世界に足を踏み入れたときすでにApple Computer Inc.という会社およびApple IIの存在は風の便りに知って憧れていた。
そのAppleは同年1月3日に組織を法人化したばかりであった。
私が憧れのApple IIを手に入れたのは5年後の1982年になってからだが、それからずっと良くも悪くもAppleを横目で見ながら歳を重ねてきた…。そして単なるユーザーだけには飽きたらず1989年にはMacintosh専門のソフトウェア開発会社を起業し約14年間アップルのデベロッパーとしてエキサイティングなビジネスを続けてきた。
無論会社を閉じてから現在もささやかながらAppleやMacそしてiPhone 3Gに関わるビジネスから足抜け出来ないでいる(笑)。
とはいっても私が気概を持って仕事を続けていけるのもあと10年ほどだろう…。だから後10年は…私の眼が黒いうちはAppleが光を失って欲しくないと思うのだ。まったく勝手な思いであるが…。
別にAppleから物質的な恩恵を受けたわけではないが私が29歳のとき、すなわち1977年に結婚したと同時にAppleを知ったのも些か運命のような気がするし、その後は熱烈なユーザーとしてライターとして、そして前記したようにデベロッパーとしてどっぷりとAppleやMacに首まで浸かって生きてきた。したがって一方的な片思いのような状況ではあっても、大げさに言うなら自分の人生を支え変え続けてきたAppleは特別の対象なのである。

※2008年9月9日に開催されたApple Special Eventにおけるスティーブ・ジョブズ氏
ところで先のMacworld Expo 2009はAppleが参加する最後であり、かつその基調講演にスティーブ・ジョブズ氏は登壇しなかった。
「ジョブズのいないExpoなんて!」と人はいうが、思えば私が1988年1月から2002年1月のMacworld Expoに至るまでの間に出向いたExpoにジョブズの姿はほとんどなかったのである。
無論彼は1985年にAppleを去り、AppleがNeXT社の買収を発表したのが1996年暮れ、そしてジョブズがAppleの暫定CEOに就任したのが翌1997年だった。しかし私が熱心に通った時代のほとんどにはスティーブ・ジョブズ氏による基調講演などなかったわけで、Appleの魅力=スティーブ・ジョブズという図式が再評価されたのは彼がAppleに復帰しiMacで成功してからなのだ。
その後iPodやiPhoneによる成功が著しいこともありAppleの経営状態が復活しただけでなく世界一注目される企業となった。そのCEOと共に…。
確かにAppleは一般的な大企業の枠組みでは評価できない会社だといえる。というか、私の持論ではAppleは大企業ではなくその組織や命令系統のあり方などを見れば良い意味で最強の中小企業なのだ。そう考えればAppleの強みや利点あるいは欠点が納得できると考える。
さてジョブズの後継者問題だが、これまた一般的な企業と違いAppleのCEOに…ジョブズの後継者に進んでなりたいと考える人物はそうそういるとも思えない。
一般的に最高経営責任者への就任は企業人として目標とすべきポジションだし夢でもあるはずだ。そしてそのために得る権限の大きさと共に所得も莫大なものとなるのが普通である。
しかしAppleの歴史が示すように1985年にジョブズ氏が去った後、ジョン・スカリー氏しかりマイケル・スピンドラー氏しかり、そしてギルバート・アメリオ氏の誰もがAppleのCEOとして持ち前の実力を発揮することができなかったし社内をコントロールすることに成功しなかった。それには様々な要因・原因があるが、もしジョブズ氏がAppleを急に去ることになれば過去の二の舞となることは誰の眼にも想像できる…。
そんな難しい、寿命を縮めるようなポジションに好んで手をあげる人はそうそういないだろう。なにしろ後継者はスティーブ・ジョブズ氏と常に比較されるだけでなくより上手くAppleを舵取りしなければ評価されないのだから。
それにご承知のようにジョブズは現在もその報酬を年間1ドルに据え置いている。まさか後継者に同様な条件が強いられることはないが、高額な報酬を受け取れば受け取るほどにその成果・業績はジョブズ氏を超えなければならないわけで、これは尋常な神経と能力の持ち主では続かないだろう。
しかしジョブズ氏がCEOの座を譲る日は確実にくるわけで、それが「いつ」「どのような形で」「誰」になるのかが我々の興味の的になるわけだ。
とはいえ「誰」が時期AppleのCEO候補なのかについてこれまでAppleはまったくコメントをしていないし、ここしばらくはジョブズ氏自身もCEOを続けると明言しているからそれは分からない…。また場合によっては内部ではなく外部からCEOを探す可能性もゼロではない。
中にはあのマイクロソフト社と合併するのでは…といった穿った見方をする人もいるようだし(笑)今後何が起こっても驚いてはならない。
なにしろ前記したようにAppleの屋台骨をしっかりと支え、かつ未来志向の製品を開発し続け、ユーザーはもとより市場や株主の支持を得るビジネスを継続できる人物はそこいらに転がっているわけではない。だからこそAppleを今後も良い形で永続させるには並大抵の思索では成功しないだろう。
私が考える一番重要な問題は「いつの時期なのか」や「誰になるのか」ではない。重要なのは「どのような形で」次のCEOにバトンタッチするのかだと思う。このやり方を間違えるとユーザーや株主の支持が得られないばかりか市場を混乱困惑させることになるだろうと思うのだ。
数々の歴史が証明しているように、現政権のトップ自身が任命した後継者だとしても、その後上手に舵取りができるかどうかはやってみなければ分からないのが本音だろう。
やはり一番良い形としてはジョブズ氏が元気なうちにCEOの座を譲り、自身はいわゆる会長職といった立場で新しいCEOを補佐し数年の経験をさせるというのが理想のように思われる。
こう言えば我々日本人はすぐに徳川家康を思い出すが(笑)、以後300年近く続いた徳川幕府を築いたのはやはり家康自身のしっかりしたビジョンと方策があったからである。
徳川幕府が長らえたのは家康が健康な内に息子の秀忠に将軍職を譲り、自身は大御所として譜代・外様大名たちに睨みをきかし、二代将軍の治世と以後の徳川政権を盤石のものにする努力をしたからだ。
それに反し、豊臣秀吉は死の床にあって家康を含む奉行たちに豊臣家の永続を託したが結果として豊臣家は滅亡したし、信長も全国統一を目の前にして本能寺で死ぬはめになった。
歴史は後継者をどのように求めたらよいかを如実に教えてくれる…。
ともかく、スティーブ・ジョブズ氏が一時の思惑や感情に左右され行動しては有終の美は飾れないだろう。したがって彼の一挙一動に注目せざるを得ない自体は健康問題を別にしても今後も続くものと思われる。