Mac Apple Storeの登録受付も開始されたという。「スペシャルイベントで発表の『Mac App Store』は世界を変える!?」で書いたように個人的にもこのシステムには期待しているが我々の身近の現状を鑑みると不安材料も多く、果たして世界に通用するアプリケーション開発ができるのかどうか心配になってくる問題も多い。                                                                                                                 

ささやかではあるがこの業界に身を置く1人として今日は苦言を申し上げてみたい。私だって余計なことは言いたくないし嫌われたくないが、ソフトウェア開発の現実に毎日ぶち当たっていると正直理不尽なあれこれも多いのである。
申しあげるまでもなくMac Apple Storeがスタートしたからといってそれに登録したアプリが皆、飛ぶように売れるわけではない。システム自体は開発側や販売側の負担を軽減し、ソフトウェアを売りやすくしてくれることは事実だが、それは売れることを保証するものではない。

売れるソフトウェアを開発するには斬新なアイデアや優れたUIは勿論だが、どのような分野のアプリケーションだとしてもソフトウェアのデザインやアイコンなどを含んだ商品としてのクオリティを求められるのは当然だ。
パッケージが無くなったとはいえ、ソフトウェアの性格をより良く反映し使い易く魅力的なデザインは重要だしアイコンだってMac Apple Storeに並んだ際には見劣りがしては元も子もない…。

私が昨今心配している最大のことはクライアント側の志の低さにある…。
クライアントと書いたが、これは開発を依頼する企業という意味だけでなく後述のように開発者そのものと同義である場合も多い。
特に説明は不要だと思うが念のために記すなら、一昔前とは違って現在は個人のプログラマがiPhoneやiPadのアプリケーションを1人で企画から開発そしてApp Storeへの登録までを行っているケースも多い。そしてアプリケーションが文字通り一から十まで当事者1人だけで開発できるのであれば私の危惧は関係がない…。そして以下の苦言はサークル内などで楽しむため、勉強のために行う開発に対しての物言いではなくあくまでビジネスの名の下に交わされる開発依頼に関しての話しであることをお断りしておきたい…。

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さて私自身のところに持ち込まれる開発依頼もそうだが、身近にいらっしゃるプログラマの方々あるいはそれらの開発をサポートする立場のデザイナーの方々の話を聞くと正当なビジネスとはほど遠い理不尽な条件や要求がクライアント側から申し渡されるケースが増えている。
それは開発費に関することだが、問題はその額が安いとか高いといったことならともかく「100%出来高払い」を要求される場合が多くなっていることだ。
要は「このアプリ開発をお願いしたいが、開発費はアプリの販売数の実績に応じて支払う」ということだ。
いや、私がソフトハウスを経営していた時代でもそうした要求はあった。開発費はとかく高額だった時代でもありそれを全額一度に払うのはソフトウェアの販売目的を考えるとキツイので半額を前金で、そして残りの半額は販売数に応じて支払うというケースがなかったわけではない。しかし全額…頭っから「100%出来高払い」という要求はなかったし、万一あったとしても私は依頼を受けることはなかっただろう。

なぜ「100%出来高払い」なのか? それは当然のことながら売れるか売れないか不明な対象にまとまった開発費など出せないという理屈である。
不景気の世でもあり、経費は何とかして抑えたいが時代の流れとして自社からもiPhone/iPadアプリをリリースしたい。しかし果たして多くのユーザーに支持されるかどうかも不明だからまとまった予算など確保できないということなのだろう…。
一見もっともだと思うかも知れないが、私に言わせればそんな志の低い考え方から生まれた製品など所詮売れるはずはないと思う(笑)。それにこの理屈は物作りをする側の働きをまったく評価しない一方的な物言いではないだろうか。
笑ってしまうのは「我々はこのアプリを無償で市場に投入する。したがってこれ単体で儲けることは考えてはいない」と言った上で「だから開発に予算を出せないので開発費を安価にして欲しい」さらに「開発費を出来高払いにできないか?」といった屁理屈をぬけぬけという企業が多くなっているのだ(笑)。

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あらためて考えるまでもなく当該アプリが無料か有料かは勿論、売れるか売れないか…そんなことは仕様を渡されて作り込むプログラマや一緒に働くデザイナーたちの知ったことではないし責任を負うべきことではない。
勿論、より良い製品を開発するために最良のアドバイスをし、クライアントの考える目的に合致する製品作りを目指すのも開発を依頼されたプログラマやデザイナーの腕の見せ所であることは事実だが、彼らの仕事はソフトウェアが売れようが売れまいが、その開発に費やす時間およびノウハウに違いはないのである。
当該ソフトウェアの企画ならびに立案、基本仕様を決めるのはクライアントであり、本来その開発から販売に至るすべて…法的な問題も含めて責任をとるべきはクライアントそのものである。彼らのための製品開発なのだから…。

単刀直入に申し上げれば、額の高低はまた別の話としてもクライアント側と開発側双方が折り合って決めた開発費を「100%出来高払い」にしろ…などという話しは馬鹿げた話しだということだ。そんなに最初から及び腰なら、自信がないなら…そもそも開発などしなければ良いし、こうした依頼は…繰り返すが依頼先の仕事や技術を評価せず蔑ろにする行為であることを認識しなければならない。そしてそうした考え方は自身の売ろうという努力にも水を差すことになるに違いない。

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こんな話しを申し上げると開発を依頼されるプログラマは常に被害者のようにも思えるが残念なことに事はそんなに単純ではないのである。
なぜなら当のプログラマ自身がiPhone/iPad向けソフトウェアを魅力的にしようと別途デザイナーに仕事を依頼するとき、やはり「100%出来高払い」を口にするケースが多いからである(嗚呼)。
もしかしたらプログラマ自身が「100%出来高払い」の仕事を受けたからデザイナーにも一蓮托生と考えるのかも知れないが、そんな理不尽な連鎖が続いて良いものができるわけはないではないか!
まあ、仕事は無いのは困るしあった方が良い。それが「100%出来高払い」でも入金の可能性はゼロではない…という理屈は日々飯を食っていかなければならない者としてあるうる選択肢かも知れないが、結局そうした業界体質が自分たちの首を絞めることになりApp Storeに並んだだけで尻つぼみとなってしまうようなものを量産することになるに違いない。
App Storeに並ぶ数が多いことで喜ぶのは胴元のAppleだけであろう(笑)。

周りを見渡すと例えばソフトウェア開発を依頼したプログラマやアイコンを託したデザイナーに、額はともかく契約に基づいて開発費をきちんと支払うクライアントやプログラマも存在する反面、とある業界団体や市場のリーダーたる立場にいるにもかかわらず開発依頼に際して「出来高払い」を口にする人たちも存在するのだからこの国のソフトウェア産業の未来は期待できないではないか…。
今さらではないが、資源の少ない我が国が世界に向けて強いリーダーシップを取れるアイテムには限りがある。しかしソフトウェアという代物はその可能性があるアイテムのひとつだと思っているが、そもそもビジネスにならないのでは優秀な若い人材は到底育たないし、他分野だけでなくこの世界も頭脳流出が激しくなっていくのかも知れない。

ともかくも実際のビジネスの場では様々な問題が複雑にからんでいることは事実だし「お前の考え方は古い」と言われるかも知れない。しかし魅力的で購買意欲を刺激するアプリケーションソフトウェアは間違いなく作り得るし、それらはもしかしたら世の中の価値観や文化を変えるに値する立派な商品であり得るはずだ。その可能性を市場はもとより開発者自らが放棄してしまうことだけは避けたいと思うのだが…。
心ある開発者の皆さん…こうした「100%出来高払い」を条件にした依頼は貴方の仕事ならびに技術・能力を貶める物だからして…是非「一昨日来やがれ!」と断りませんか?(笑)

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