ソニーがアップルのiPadライクなガジェットの開発に興味を示しているという。そうした情報は元ソニーファンとしては何とも悲しいものだ…。私の手元に1990年8月にソニーが発売したPalmtop PTC-500があるが、この時代のソニーは常に世界のトップを走っていたはずだ…。

 

振り返って見ればこれまでソニー製品を何と多く買ったことか。携帯ラジオやテレビは勿論だが、1979年に登場したあの初代ウォークマン、1983年にはベータムービーを嬉々として手に入れた時の嬉しさはまだ忘れていない。その後もウォークマンとハンディカムという名が付いた製品を何台買ったか…。
またデジタルカメラは勿論、あのエンターテインメントロボットのAIBOも3台(匹)買った。
それらの購入に至る動機のひとつとして共通することは「ソニーはいつも先駆者であり開拓者」だったことだ。
新製品には常にユニークさと新しいコンセプトが感じられたし常に「人のやれないことをやる」という姿勢は1人のユーザーとしても好感度が高かった。

Appleの経営状態が最悪の時、ソニーがAppleを買収するのではないか…という噂が立ったことがある。私は「ソニーならば…」と考えた肯定派Appleユーザーだった。そしてAppleのCEO スティーブ・ジョブズ氏もソニー創業者の1人である盛田昭夫氏を尊敬していたというし、ソニーという企業をひとつの目標にしていた時代があったらしい。
ただし残念ながらその後、ソニーの製品で失望させられたことが続き、私のソニー熱は急激に覚めてしまった。

ところですでに20年前のこととなったが、1990年8月私は発売されるのを待ちかねるようにして手に入れたソニー製品があった。
それがPIMすなわちPersonal Information Management 搭載と謳われた 手のひらサイズのコンピュータ Palmtop PTC-500だった。

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※Palmtop PTC-500とハリボテiPad。Palmtop PTC-500は外装のコーティングが劣化して無残な状態だが動作する


Palmtop PTC-500は手のひらで操作するには大きくて重かったが、約A5サイズの筐体に512×342ピクセルの液晶ディスプレイを搭載し、専用ペンで手書き文字認識が可能、テキストと図形を混在して表現できるという先進的な製品だった。 その他にボイスメモや電話機のハンドセットを乗せて使うオートダイヤラー機能も装備していた。

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※Palmtop PTC-500を開いた状態だがバッテリー部の蓋が紛失している。中央のカールコードにつながっているのは専用ペン


Palmtop PTC-500の主な機能には、 アクション、 コネクション、 レポートという3種類があり、 例えばアクションに入力すると日間、 週間、 月間、 また未決、 既決等のチェックリストにも自動的に反映され、 あるいはコネクションに書き込めば、電話帳、住所録、誕生日リスト等に反映されて関連している情報が自動的に整理されるという高度な機能を持っていた。

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※Palmtop PTC-500起動画面(上)と日本語手書き認識機能の入力例(下)


こうした機能は古いマックユーザーなら思い出すことがあるに違いない。そう、AppleのNewtonである。
無論NewtonとPalmtop PTC-500はそのコンセプトが違うものの、先進のソフトウェアを搭載し私たちの必要な情報を最小のアクションで常に動的に整理してくれる点では大変似通った機能を持っていた。
ただしご承知のようにAppleがジョン・スカリーの指揮のもとで開発されたNewton Messagepad 100は奇しくもPalmtop PTC-500発売の丁度3年後の1993年8月に発売され、日本語はサポートしていなかったものの、枠無しに画面のどこにでも書いた文字はテキストに変換される文字認識機能を持っていただけでなく、ユーザーが書いた文字を学習し次に何を書くのかを推測する機能も搭載されていた。

くどいようだがNewton MessagepadとParmtop PTC-500はまったく同じ方向を目指した製品ではない。しかし驚くべき事はソニーのPalmtop PTC-500がNewtonに先駆けること3年前に登場したことだ。
そうした環境を体験していた私としてはNewton Messagepadのより斬新な機能も日本語が使えないことも含めてもどかしく実用には至らなかった。そして「これならPalmtop PTC-500の方がマシだ」と思ったこともあった…。
反面そのPalmtop PTC-500は一時期意識的に通勤に持ち運び、今で言うところのシステム手帳といった感じで活用を考えたものだ。しかしこれまた本体が大きいというより厚みがあること、そして1.3Kgと重いことが次第に苦になってくる。
さらにバッテリーの持ちや、入力時に本体を本のように開かなければならず、とても “Parm” という名に相応しい使い勝手は望めなかった。
価格が198,000円と高価であったことも原因だと思うが、それまで使っていた数百円の手帳がいかに便利なのかと再認識させたのも皮肉だった(笑)。しかしPalmtop PTC-500の目指した未来は明確であり、私たちはソニーの技術力に目を見張り次期製品への期待がより大きく高まったことは事実であった。

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※Palmtop PTC-500と初代Newton Messagepad


ともかくAppleにしてもソニーにしても当時こうした製品を実用化するのには些か時代が早かったというのが大方の見方である。しかし企業…特に大企業は「実用的で儲かる商品だけ作ればよいのか」という疑問は常に私の頭をかすめる…。
いくら不景気だとはいえ、いつもいつも株主の顔色をうかがい、不採算部門を消滅していくといった体制では決して新しいものは生み出せないのではないだろうか。
ソニーは2006年早々、AIBOやQRIOといったロボット事業からの撤退を発表したが、個人的には「これでソニーの光は失われたな」と思ったものだ。

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※初代エンターテインメントロボットAIBO ERS-110


無論無責任な外野の言うことだと承知はしているものの、ソニーのような企業は常に我々がリアルタイムに消費するための製品のみを作ればよいというだけでは使命は全うできないと思うからだ。
メーカーの技術力とそれに取り組む技術者達の熱い情熱、そしてそれらを牽引する指導者の姿が消費者に見えることが大切なのだ。それがブランド力を増し、数年後…十数年後に見せてくれるであろう近未来の姿をアピールできるからこそ現行製品への信頼も高まるし社会への貢献度も増すというものだ。
第一関係者はともかく、一般消費者だってソニーの創業者が井深大氏と盛田昭夫氏であることを知っているに違いないが、今…現在の代表者の名を即言える人は少ないに違いない。それだけ企業の影が薄くなっているわけだ。
ともあれ、例えばロボット事業だって大幅に縮小したにしても核たる部分は残して研究を続けるべきだったのではないだろうか…。

これは当時AIBOのアプリケーション開発に関連し、何度も関連部署にお邪魔した私自身の印象だが、その時期のソニーは大企業の威厳ばかりが目立ち新しいことを進めることに萎縮していたように思えた。その頑なな姿は数年前にビデオ部門の方々と仕事をさせていただいた際の大らかで柔軟さが微塵も見られないことに少々驚いたものだ。
私は現行のAIBOコンセプトに苦言を呈し「ソニーはAIBOを高価なオモチャにしてはいけない」と提言したが心の中では一寸先の闇を危惧していたのである。

そのソニーがAppleのiPadを評価するのはともかく、追従するような製品を考えているといった後追い指向では決して良いものは作れるはずはない。第一iPadは決してそのデザインを含むハードウェアだけがポイントではなくiPhone OSというNeXT STEPから多大な時間をかけてMac OS Xを開発した延長線上にある優れたOSを核…命としている。
残念ながらソニーがハードウェアだけマネしたところでソフトウェアは一朝一夕にはできようもなく、相変わらず中身はPalm OSを搭載したCLIEとかWindows CEを乗せるしかないのではあるまいか…。それとも Parmtop OSというようなものをゼロから開発する意欲があるのだろうか。
ウォークマンもAIBOもそれまで世になかったからこそ世間は…市場は目を見張ったのである。「さすがはソニー!」と喝采したのだ。
ソニーもご多分にもれず大企業病に取り憑かれたに違いないが、私が知る限り現場の技術者を初めとする社員等の士気は決して低いものではない。消費者の指向を今一度的確に捉えて評価し、現場の声に熱心に耳を傾けるという姿勢が経営陣にあるなら、ソニーは今一度世界に誇る日本の企業となるに違いないと思うのだが…。