
前回 iPadはアラン・ケイの提唱したDynabookに限りなく近づいたのではないか…というお話しをした。まあ賛否両論あって当然だがもし私のイメージが大方のところで間違っていなければまさしく歴史はぐるっと回って回帰したことになる…?
「ウロボロス」というイメージをご存じだろうか。これは蛇が自身の尻尾を咥えて環のようになっているイメージで表されるが、このイメージこそ錬金術の印象…固有の形象であり永遠あるいは完全性のシンボルなのだ。
※永遠、完全性のシンボル「ウロボロス」
iPadを考えているとAppleのプロダクトはまさしくその「ウロボロスの環」よろしく30年の歳月を経てAltoおよびSmalltalk…すなわち暫定Dynabookを機縁にしてLisa、Macintoshを開発し、再びiPadというDynabookに限りなく近いものに…すなわち回帰したように思えるのだ。
当サイト「スティーブ・ジョブズとパロアルト研究所物語(改編版)」に詳しいが、市販されたパーソナルコンピュータとしてはじめてGUIを採用したLisaは1979年にゼロックス・パロアルト研究所(PARC)でAltoとSmalltalkのデモを見てスティーブ・ジョブズらが得たインスピレーションが開発のきっかけと言われている。
※ゼロックス・パロアルト研究所(PARC)で見たAltoならびにSmalltalkのデモからインスピレーションを得て開発されたLisa。写真は筆者所有のLisa 2/10
そのLisaテクノロジーは多少精査されてはいるもののこれまたスティーブ・ジョブズ指揮のもとMacintoshに継承されたことはご承知の通りである。
Macintoshは勿論デスクトップ機であったが、Appleはその後持ち運びを意図したマシンを企画したものの馬鹿デカイMacintosh Portable(1989年)を経てやっと本格的なノート型モデルMacintosh PowerBook 100をリリースする(1991年)。
※Macintosh Portable (上)とPowerBook 100 (下)
その後、ジョン・スカリーの時代にはNewton MessagePad H1000を製品化(1993年)するがビジネスとしては成功しなかった。そしてNewtonプロジェクトはスティーブ・ジョブズがAppleに復帰し経営の実権を握るとその開発は即お払い箱となったこともまだ記憶に新しい…。
※Newton MessagePad H1000
そもそもスティーブ・ジョブズはMacintosh 128Kの販売が開始された1年後(1985年)にAppleを追われたわけで、Appleへの復帰翌年の1998年5月にあのiMacを発表する間当然のことながらAppleのプロダクト開発には無縁だった。
ただし、iMacにしても確かにジョブズの仕事だったものの企画自体はそれ以前にスタートしていたという話もあり、当時のMac OSも関係しジョブズにしてみれば100%やり甲斐のある仕事ではなかったのかも知れない…。
言ってみればApple IIはスティーブ・ウォズニアックのマシンだったし、Lisaも途中で開発メンバーから外されたジョブズだったから本当の意味で自分の意図した通りのパーソナルコンピュータを作ってみたいという意思は誰よりも強かったと思われる。その強い意思がMacintosh 128Kを生んだとも言えよう。したがってApple復帰後現在もいわゆる世界を変える…宇宙に痕跡を残すような画期的なプロダクトを生み出したいという情熱はあいかわらず強いに違いない。
そうした意味から考えるとNeXT時代に精魂かけて開発したNeXT StepをMac OS Xに移植し、それをベースに開発したiPhone OSを乗せたiPadはハードウェアおよびソフトウェア共にジョブズが真に「自分のマシン」と豪語できるプロダクトなのかも知れない。
それだけ彼がiPadに入れ込む理由のひとつがここにあるのではないか…。そして蛇足ながら記せばiPodやiPhoneも彼の業績ではあるものの言葉の綾みたいだがこれらはパソコンではない。
さらに暴論が許されるなら…そしてもしiPadがDynabookそのものとは言わないまでもアラン・ケイのビジョンに限りなく近い製品だとすれば、ジョブズの思いはケイらの開発したAltoをきっかけにして膨らみ、紆余曲折を経たものの「ウロボロス」のごとくまたAltoならびにSmalltalk…すなわち暫定ダイナブックの夢に回帰したことになる。
※iPadはDynabookなり得るのか…
また実際のiPadそのものもドック付きの専用キーボードに立てかけたその姿は縦型のモニターだからこそなのか…どこかAltoを彷彿とさせるが、それは考えすぎであろうか(笑)。
それにしてもアラン・ケイはiPadをどのように評価するのだろうか。もしかしたら「批評するに足りる最初のタブレット機だ」とでも言うのだろうか(爆)。