
大変遅まきながらダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチ・コード」を読んだ。キリスト教聖杯伝説やらに昔から興味を持ち親しんでいる?一人としては読む前からストーリーは決めつけていたし、天の邪鬼としては大ベストセラーと言われれば余計に読みたくなかった。イケナイ性向である(笑)。
この手の小説は関連するテーマの認識・理解が不可欠なので多くの読者にとって、それもキリスト教に疎い人たちにとっては本来その歴史的由来や根底が大変分かりにくいと思われる。その割に日本でもヒットしたのはやはりテーマの見事さとストーリーの展開が巧みだったからであろうか…。
来月5月20日にロードショーがひかえているという映画化にはルーブル美術館やその収蔵品たちといった多くのビジュアルをどのように捉えているかに興味があったが書店で「ダ・ヴィンチ・コード〜ヴィジュアル愛蔵版」という版を見つけたので “ついに” 買ってみた…。
何しろ1973年頃から澁澤龍彦の「黒魔術の手帖」「秘密結社の手帖」そして「毒薬の手帖」といった類の書籍に影響を受け、タロット占いはもとより怪しげな秘技や魔術、グノーシス派やテンプル騎士団そして薔薇十字団、あるいはシオン修道会といったものの歴史にどっぷりと浸かった時期があったのだから根は好きなのだ(笑)。したがって人ひとりを呪い殺すぐらいは出来そうに思っているがまだ試したことはない(爆)。
※書棚の一郭だが、右から4冊目の赤い本が昭和48年発刊の澁澤龍彦著「秘密結社の手帖」。続けて左の黒い本が「黒魔術の手帖」で次の緑色の一冊が「毒薬の手帖」。ちなみにその左は種村季弘著「薔薇十字の魔法」。共に永年の愛読書である
冗談はさておき、前記した3冊が並んでいる書棚を見て何人に顔をしかめられたことか…(^_^)。まあ結社といえば危ない香りもするが、もともと我々は「Mac秘密結社」の一員と言えるのかも知れないし…(笑)。
さて「ダ・ヴィンチ・コード」はフィクション…小説である。そして小説家としてのダン・ブラウンはこの一冊しか知らないが確かに才能があるようだ。そのストーリーの展開も見事であり批判の目で読み進んでみたが思わず引き込まれてしまう。しかしこれをもってしてテーマやその背景、登場人物などに関しそのまま歴史的真実と受け止めてはならない。
しかし本書冒頭に「この小説における芸術作品、建築物、文書、秘密儀式に関する記述は、すべて事実に基づいている」と書かれているのは大いに問題だ。
確かにレオナルド・ダ・ヴィンチは存在したし登場する作品群も実在する。そして「フィボナッチ数列」やら「ウィトルウィウス的人体図」などというこけ脅かし的アイテムを散りばめるから全体がいかにもリアリティを帯びてくる。
しかし例えばあのモナ・リザひとつにしても多くの学説があるだけで真実はいまだに闇の中だ。だからこそ小説が成立するのであり本書の成功にあやかろうとこれまた多数の関連図書が登場し、「ダ・ヴィンチ・コード」のあれこれを批判あるいは追従するがそれらにしてもほとんどがフィクションの域を出ていないと考えるべきである。
そして「ダ・ヴィンチ・コード」自身にも間違いは多い。
いくつかの資料によればルーブル前のガラスのピラミッドに使われているガラス板の枚数は小説のそれと違うようだしルーブル美術館の防犯カメラに関する記述も実際とは違うという。またラングトン教授が言う五芒星の解釈、すなわち「五芒星は万物の女性側の半分」といったことではなく本来は「陰と陽、女性と男性を表す」と言った説明が要を得ているはずだ。
またダン・ブラウンはラグントンに”MONA LISA”は”AMON L’ISA”のアナグラムであると言わせているが、私たちが歴史の事実として知っている限りダ・ヴィンチ自身がこの絵を「モナ・リザ」という名で呼んだことは無いのだからあり得ないことだと思う。さらに黄金比の説明の際のミツバチ云々といったことも事実とはほど遠いようである…。そしてまだまだあら探しを続けるならネタは多い。
特に私が苦笑したこと、それはダン・バースタイン著「ダ・ヴィンチ・コードの真実」竹書房刊によれば「ダ・ヴィンチ・コード」にキングズ・カレッジの組織研究所に大型コンピュータと人間の精神について記述されたすべての文書…といった電子データベースがあるという設定になっているが、実在する同研究所に問い合わせたところ驚いていたという。なぜなら実際に同研究所で使っているコンピュータといえば、職員のiMacのデスクトップ程度だったとのこと(^_^)。いかに小説の内容と事実がかけ離れているかが分かる…。それこそこの程度は調べれば分かることだろうがストーリー的にiMacでは話にならなかったのかも知れない(笑)。
繰り返すが、小説・フィクションに対してこうしたイチャモンは本来意味の無いことかも知れないがダン・ブラウン自身が前記したように内容の記述はすべて事実だと記している点が問題でありクレームをつけるに値しよう。
実際本書に憑かれた知人達の話を聞いていると虚と実がごちゃごちゃになっているので少々心配になってくる…。
ともかくテーマおよびキャスティングは見事というしかないが、言っては何だが半分ほど読むとその後の展開が予想できてしまうのは少々興ざめであった。
ミステリーの内容やその結末を書き記すという野暮をするつもりはないが、味方かと思う人物から拳銃を向けられる展開はミステリーでもありふれているし(笑)肝心の結末も予想したとおり…小説だからこそ…曖昧な終焉だ。
そりゃあそうでしょ!「はい、これが二千年来歴史的事実として探し続けてきた聖杯です」と差し出されても興ざめするだけだろう…(笑)。
本書を褒めちぎる知人に「日本人にはシオン騎士団とか聖杯伝説より徳川埋蔵金伝説の方が分かりやすいのでは…」と茶化して怒られた(笑)。
とはいえダ・ヴィンチやその作品に関して様々な見方が存在することも事実である。勿論イエス・キリスト自身やマグダラのマリアの真実に近づくことができるなら大いに興味があるし今後考古学的な裏付けなどから新しい真実が見つかるかも知れない。
しかしダ・ヴィンチならずとも我々生身の人間は常に裏と表があることを思い知れば歴史として光が当たっている部分は多くても半分なのだ。したがって逆に隠されたあるいは埋没した多くの事実があってもそれは当然なのだろうとも思う。
ともかく遅まきながら「ダ・ヴィンチ・コード」は読んだ。そして好きな俳優の一人であるトム・ハンクス主演の映画を見てみたいと思っただけ私にとって収穫だったのかも知れない。
そうそう…本書をお読みになった方は知っているはずだが、5文字のメッセージ “APPLE” も登場する!