池波正太郎原作「剣客商売」と「鬼平犯科帳」の大ファンである。この4月末に発売となったテレビドラマの「剣客商売」DVD第5シリーズ(5巻)が昨日届いた。先に購入した第4シリーズと共に私にとってはお宝である。 

「鬼平犯科帳」や「剣客商売」の本は全巻揃えてすでに数え切れないほど繰り返し読んでいる。書籍もDVDも繰り返しの鑑賞に堪えうるものは至極少ないものだ。ハリウッド制作だといってもそのほとんどは一回見れば気が済んでしまい、繰り返し見るに耐えない作品がほとんどではないだろうか…(^^)。 
その点中村吉右衛門主演でドラマ化された「鬼平犯科帳」は全編繰り返して見ているし一部気に入ったものはビデオも買って所持しているが近年はそれ以上に「剣客商売」がお気に入りである。 
剣客商売DVD 
※「剣客商売」第4シリーズDVD全5巻(左)と2006年4月27日にリリースされたばかりの第5シリーズDVD全5巻(右) 

これら池波正太郎の作品はすでに多くのファンがいらっしゃるだろうからストーリーの要約などは不要だろうが、ここに登場する老剣客・秋山小兵衛とその一人息子の大治郎そして佐々木三冬といったキャラクターたちの存在感がたまらなく好きなのである…。 
これら「剣客商売」の登場人物は「鬼平犯科帳」の主人公である長谷川平蔵のように実在の人物ではないが、読み進むに連れて思い入れも深くなり血が通ってくる。 
ともかく今回は本のことではなくテレビドラマの「剣客商売」についての感想を述べてみたい。 

私がテレビドラマとして初めて「剣客商売」を見たのは1973年にフジテレビ系で放映された最初期の作品で秋山小兵衛役が山形勲、大治郎役が加藤剛、そして佐々木三冬役が音無美紀子だった。また確か時代劇スペシャルでは小兵衛を歌舞伎俳優の中村又五郎が演じたという記憶がある。もともと中村又五郎は池波正太郎が小兵衛のイメージをこの本人から得たという役者であり、事実帝国劇場の舞台ではその小兵衛を演じたこともある。 
その姿は小説から抜け出たようにリアルで面白かったが無論そのテレビ放送はカラーではなくモノクロであった。 

さて1998年からは新シリーズの「剣客商売」がやはりフジテレビ系でスタートしたがご承知のように秋山小兵衛役は藤田まことになった。しかしどうも私らの年代は藤田まことといえば白木みのると競演し1962年から放映の「てなもんや三度笠」のイメージが強すぎた(笑)。また最初は大変小柄であるはずの小兵衛のイメージに合わないと思っていたが最近は違和感なく楽しめるようになった。それより私にとっては大治郎役の渡部篤郎に違和感があり不満だった…。 
何しろ原作者が大治郎について「巌のごとくたくましい体躯…」と言っているからでもあり、渡部篤郎ではいかにも線が細い。俳優の渡部篤郎が好き嫌いというのではない。あくまで大治郎役としては合わないと思っていた。 
その点、第4シリーズからは大治郎役が山口馬木也に変わったがこのキャスティングは適役ではないだろうか。かつての加藤剛を思わせる繊細でかつ剛胆なイメージがよく出ているし殺陣も巧い。 

それから男としてはやはりというべきか、佐々木三冬ファンの一人である(笑)。これまた第4シリーズからそれまでの大路恵美から寺島しのぶへと変わった。確かに演技という面からみれば寺島しのぶは大変巧いがあの大路恵美の可愛い姿も是非また見てみたいものだ(笑)。 
そして脇役人も素晴らしい…。原作の中でも気に入っている一人が傘徳こと下っ引きの傘屋の徳治郎である。ドラマでは山内としおが演じているが、これもはまり役で素晴らしくいい味を出していると思う。無論その傘徳の親分(四谷・伝馬町の御用聞き)である三浦浩一演じる弥七もよい。 

私がDVDシリーズの中で第4シリーズをまず手に入れたのにはわけがある。前記したようにこのシリーズから大治郎役が変わったという理由もあるが「剣客商売」全編を通してこの第4シリーズ収録の内容が大変重要な意味を持っているからである。 
それは大治郎と三冬が結婚するきっかけとなる大きな事件が含まれているからだ。大治郎が捕らえられ監禁されている三冬を助け出そうとするそのストーリーも好きだ…。そしてそれが縁で生まれる奇妙な夫婦の姿が何とも微笑ましいではないか。何しろ三冬は時の老中・田沼意次の妾腹の娘であり、飯を炊く際に米に水をいれるという事さえ知らなかったというのだから…(笑)。 
それはDVDなら第4シリーズの6話「誘拐」だが、原作の文庫本では第6巻「新妻」の中の「品川お匙屋敷」が原題である。 

ところでとかく映像化する際にはその脚本が原作と違って興ざめすることも多いがこの「誘拐」は原題「品川お匙屋敷」のストーリーよりよく出来ていると思うほどだ。 
ここではその理由を2つ上げよう。ひとつは理由はともかく大治郎一人で三冬が捕らえられている将軍家侍医の別邸に役人らが到着する前に忍び込み、大暴れするシーンがある。原作では大治郎は大竈(おおかまど)に燃えている薪の火を引き抜き、続けざまに、板の間の向こうへ放り投げ…とあるがこれは放火である。いくらフィクションだとはいえ放火は大罪だ…。 
しかしドラマでは台所から入り込んだ大治郎にそこにいた小者の一人が火のついた薪を投げつけ、それを大治郎が切り落としたことから火事になるという設定であり、これは安心して見ていられる(笑)。
二つに…原作では大治郎が燃えさかる屋敷をくまなく探したが三冬の姿はなく、すっかり火がおさまった後の焼け跡から地下蔵が発見され、半死半生の三冬が助け出されることになっている。しかしドラマでは火焔の中、大治郎の腕に抱かれて半死半生の三冬が助け出されるのだ…。その後の展開も含め、やはりここは大治郎が直接三冬を発見して助け出さなければならない!どうあってもだ…。

この「剣客商売」の時代背景は賄賂が横行といわれた老中・田沼意次の安永から天明の時代である。小説とはいえ共感を覚えるひとつには、私自身が秋山小兵衛が四谷・仲町にあった道場をたたんで鐘ヶ淵に隠棲したその丁度同じ歳になってしまったからかも知れない(笑)。無論この剣術と世渡りの名人である小兵衛の真似はとうていできないが羨ましくも憧れを持って接しているわけだ。 
とはいえ「剣客商売」の剣術+商売という一見水と油を融合させる極意は私たちの時代においていうところの「仕事」および「世渡りの術」と無縁ではないと思う。仕方がないから続けているというのではなく、好きでたまらず気がついたら30年も過ぎていたというパソコンやらMacintoshも私らにとっては時代を生き抜くための現代の武器であろう。しかし剣の道が生涯修行であるのと同様、私にとってのパソコンやらMacintoshの道もちょっと怠けていると溢れるばかりの新しい情報に遅れを取ってしまう。 
とかく「商売」とは難しいものである。だからこそ秋山小兵衛が羨ましいのだ(笑)。