書棚の奥から1973年に購入した奇妙な本、薔薇十字社刊「トポール『マゾヒストたち』」が出てきた。1972年8月10日初版発行の一冊で編者はあの澁澤龍彦である。 

小型な本だがそのどぎついピンク色のブックケースにも増してローラン・トポール(本書ではロラン・トポールと記している)描くイラスト/漫画の数々は見る者に強烈な刺激を放射する…。それらはギャグを通り越して狂気であり自虐的でありブラックで何よりもショッキングな描写なのだ。まあ、何しろ本のタイトルがタイトルなのだから(笑)。 
TOPOR LES MASOCHISTES 
※薔薇十字社刊「トポール〜マゾヒストたち」のブックケース(左)と表紙。1972年8月10日初版発行 

イラストレーションや風刺漫画をお好きな方で、もしご存じなかった方は是非その名をご記憶いただきたいと思う。 
ローラン・トポール〈Roland Topor〉(1938-1997)の作品には一見、シュルリアリズムを代表する画家のルネ・マグリッドを思わせるものもあるがいかにもヘタクソだ(笑)。しかしそれがまた良い味を出している。そして「LES MASOCHISTES (マゾヒストたち)」というタイトルでも分かるとおり、その描写は自虐的であり思わず顔を背けたくなるような絵が多い。しかし不思議に怖いもの見たさを誘う作品でもあり、眼を覆った指の間から覗いてしまうような魅力を持っている。 
なにしろ「涼しげな顔をして自身の太股に刺繍をする女」とか「口に当てたラッパから自身の内蔵が飛び出ている男」あるいは「プールの飛び込み台からプールと反対のコンクリートに向かって飛び込もうとする男」といった風に…穏やかな心持ちで見ているわけにはいかない作品ばかりなのだ。 

「LES MASOCHISTES (マゾヒストたち)」の作品を眺めて気づくこと…それは、作品から受けるこの “怖さ” は、例えるなら歯科医院の椅子に座るような…これから必ず痛い目に合うぞという “痛さ” への想像力からくる心理的防御なのかも知れないということだ。 
「ベッドに寝ながら向こうにある自分の足をピストルで撃とうとする絵」「膝から下が切断された片足に義足としてサーベルの刃の方を差し込む男」あるいは「目隠ししながら釘を打とうとする男」などなども皆その後にくる「痛みの怖さ」を感じさせるわけだ。無論いくらなんでも本当のマゾヒストだってこんな馬鹿な真似はするはずもないだろうが…(笑)。 

本書によればこの「LES MASOCHISTES (マゾヒストたち)」はトポールが22歳のときの作品だという。私も好きで買った本ながらトポールの画風からして大衆に諸手を挙げて支持される画家ではないと思っていたが、期待は外れ(笑)…例えばフェデリコ・フェリーニ監督の映画「カサノバ」(1976年)では幻燈に映し出される原画をローラン・トポールが担当したとのこと…。またいくつかのアニメーション作品も含めて数々の足跡を残している。 
幸いなことにGoogleで検索すれば多くはないものの、彼の作品の非凡さとユニークさを知るだけの作品に出会うことが出来るだろう。 

「LES MASOCHISTES (マゾヒストたち)」の序文でSF作家ジャック・ステルンベール〈Jacque Sternberg〉はいう。 
「(トポールは)比較を絶した作家であり、いかなる流派にも結びつかず、すべてを一人の個人、つまり自分自身に負っている(中略)…表現するために敢えて鉛筆を選んだ、これまでの最も下手糞なデッサン画家の一人でもあろう。しかし彼の表現する事物のヴィジョンには、ショックと意外性と爆発力があまりにも充満しているので、この爆発を誘起する手法は、もはや大して重要ではあり得ないのである。」と…(澁澤龍彦訳)。 

前記したように私がこの一冊を買ったのはすでに33年前も昔の話だが澁澤龍彦のファンとして彼が編者であったから手にしたものだった。 
その澁澤龍彦が本書の「あとがき」に面白いことを書いている。 
それは「LES MASOCHISTES 」を一種のメンタル・テストとして「怖い絵選び」をするという遊びである。友人・知人たちに本書を見せて彼ら彼女らがどの絵に一番激しい衝撃を受けるかで被験者の潜在意識やコンプレックスを解明できるといった話しなのだ。 
ちなみに私が一番怖いと思った絵は偶然に澁澤龍彦と同じ「巨大な大根おろしのような器具で、自分の顔をすり下ろしている男の絵」である(^_^Winking。この絵はいつ見ても…何回見ても思わず身震いしてしまう…。 
そんな中でも一番のお気に入りはといえば表紙に使われている「涼しげな顔をして自身の太股に刺繍をする女」だ。トポールの絵の中では巧い方だしTシャツの絵柄にしても面白いのではないか(笑)。 
TOPOR LES MASOCHISTES表紙 
※すでに表紙は変色し始めているが、この表紙の絵はお気に入りのひとつだ 

ともかく一番驚いたことと言えば…それは先のジャック・ステルンベールの言葉ではないが、このトポールの絵を見て自分自身がまだこれだけ驚きを感じることができるという “そのこと” であった(笑)。 
機会があったら是非貴方も驚きのお仲間になっていただければ幸いである。 

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