遅ればせながらの父の日…そして卒寿の祝いのため久しぶりに家族が全員集まって先の日曜日の昼に人形町「今半」ですき焼きコースをいただいた。 

すき焼きを家庭でなくこうした専門店で食べたのは何年ぶりだろうか…。弟がアレンジしてくれたのでゲストの父をはじめ長男である私ら夫婦、弟、そして妹夫婦とその子供2人の総勢8人が集まった。 
妹夫婦の子供は父からすれば可愛い孫であり、当初の予定より大分遅れてこの日に決まったのは2人の孫のスケジュールを優先に決めたからだ(笑)。 
imahan 
※人形町 今半。筆者2006年7月2日撮影 

ところで「卒寿」とは”卒”の通用異体字である”卆”が「九十」と読まれるところから九十歳のことでありその祝いを意味するという。おかげさまで父が数えで今年90歳になったことを皆で祝おうとしたわけ…。 
毎朝、新聞のニュースや社説を愛用のiMacを使ってテキスト入力しているという父は記憶も確かで元気であるがさすがに体力はかなり衰えてきた。しかし自身のダンディズムのなせることか、いまだに杖もつかずに歩いているのは心強い。私自身が杖でも欲しいと思うときがあるというのに…(笑)。 

2年ぶりに会った2人の姪は上背が我々より高くなっていた…。そしてそのプロポーションは私などから見ると同じ地球人とは思えない(笑)。頭が小さくて手足が長く、何か不思議な生き物を見るような思いだった。
ともあれ立派な貸し切りの一室に通された我々は2人の姪が見立てたという向日葵の花束贈呈でささやかな祝いの宴を始めることにした…。その姪の長女は今年大学4年になるというが自分でメニューから選んだ冷酒を口にして「美味い!」と低音でつぶやくのには笑った。けっこう強いらしい…。 
それに比べてさすがの大酒飲みだった父も酒は勿論、食も細くなったのは見ていて少々悲しい。 

それはともかく「今半」のすき焼きである。記憶を掘り返してみたが、少なくともこの人形町「今半」ですき焼きを食した記憶がないので私は初めてなはずだ。しかしさすがに肉も軟らかくて大変美味しい食事だった。ただ個人的な好みからすれば割下が少々甘すぎる感じもしたが…。 
食事を終えてのれんを後にした途端にパラパラと天気雨が…。 
また今年中にこの全員で食事の会でも企画しようと皆で頷きながらそれぞれ帰路についた。 

ふと「すき焼き」と「父」という2つの語から古い連想記憶が蘇る…。 
その昔、家庭ですき焼き鍋を囲むことは滅多にあることではなかったし当然それはご馳走であった。しかし我が家にはすき焼きの日は稀代なことに父の帰宅が遅いというジンクスがあった。携帯電話など思いもよらない時代だったし一般家庭に電話が普及する前の話だから遅くなると言う連絡は無論ない…。第一もし電話があったとしても家に電話を入れる父ではなかったと思う…。 
鍋を囲んでしばらく父の帰りを待ち続け、しまいに母の「お父さんは遅くなるようだから先に食べましょう」という一言が子供心にも寂しく響いたものだ。 
その母がいないのは寂しいが楽しいひとときを過ごすことができたことは幸いであった。 

■人形町 今半