中国の近代史にはとんと興味のない私だが、今般原書房から出版された「人間周恩来〜紅朝宰相の真実」は特別の興味を持って読んでみた。なぜならその訳者は私の実弟だからである(笑)。 

弟は大学の言語学専攻卒業後一環として翻訳家を生業としてきた。もともと専門はフランス語だったが、いまでは中国語や韓国語の仕事もしているし三省堂の辞書編纂にも関わってきた。 
中国関連書としてはすでに「毛沢東の文革大虐殺」「成敗之鑑ー陳立夫回想録」(共に原書房刊)の訳書がある。 
ただし弟には悪いが「毛沢東の文革大虐殺」などは内容が内容であるだけでなく、もともと毛沢東という人物に興味がないからして本を送ってもらったものの表紙しか見ていない(笑)。 
無論毛沢東や周恩来という人物に関しては文化大革命の動向がニュースなどで取り上げられていたし、それらの映像をリアルタイムで見ていたから、その何たるかは知っているつもりである。イデオロギーの違いはどうあれ、国家の上から下まで疑心案気で、謀略や冤罪などで命を失った人たちも多いという中国共産党のあれこれは思うだに胸くそが悪くなるし、そうした関係書籍など好んで読む気も起きなかった。 

ただしその中国近代史において興味を持った唯一の人物が周恩来だった…。すでに周恩来は神格化されている部分もあるが、生前から公正無私の聖人よばわりされていたこともあったし評価の難しい人物でもある。 
本書は、香港を代表とする総合誌「開放雑誌」が専門の周恩来研究チームを組織し、膨大な関係資料と独自の取材に基づいてまとめ上げた周恩来評論集である。 
毛沢東・江青との関係や文化大革命への関与など多くの謎を残して1976年77歳で逝った周恩来だが、その人物像は中国共産党当局による神格化と情報統制に阻まれ、未だ十分に解明されていないという。 

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※原書房刊「人間周恩来〜紅朝宰相の真実」表紙 

本書は33編からなるが、そのほとんどは周恩来の近視眼的な業績は認めるものの、毛沢東の無法に荷担し、終生その協力者…いや共犯者であったという視点が目立つ。 
序文を書いた許行によれば、「周恩来は、毛沢東の前では二心ある臣下であり、劉少奇の前では共犯者であり、林彪の前では死刑執行人であり、鄧小平の前では恩人であり…」ということになる。またニクソンやキッシンジャーの前では当然のことのように頼もしい中国の偉人だった。 
本書を読み進むにつけ、私がぼんやりと持っていた周恩来の好イメージが崩れ去っていく。周恩来は確かに中共穏健派の指導者であり、毛沢東による残酷な政策を緩和する役割を果たしたと評価される。しかし学者然としたその風貌を持ちながら情け容赦のない一面を多々見せたのも歴史的な事実である。 
勿論平和なぬるま湯の世界に住む私たちからすれば、理由はどうあれ人の命を粗略に扱うのは話の他だと思うが、筆者の一人である余英時はいう。 
「彼(周恩来)が身を置いていたのは乱世であり、仕えていたのは暴君であり、あふれるほどの才能がありながら持ち腐れとなってしまった…」と。 
疑り深い毛沢東の目が24時間光っている中、周恩来とていつ難癖をつけられ抹殺されるか分からないのが当時の中国共産党であった。その中で生き抜く知恵を生涯にわたってバランス良く使い分けたのが周恩来だったのではないか。 
政権の中枢にありながら、たぶん周恩来には心休まる日はほとんど無かったに違いない。 

本書を読み終わった翌日に飛び込んできたのが我が国の総理大臣辞職のニュースだった…。まるで茶番というか、国民の事など念頭にないような絶妙に悪いタイミングで辞意を表明した総理大臣である。真意は健康問題とも伝えられるが早く言えば器でなかったの一語に尽きる。 
就任当時は期待もしたが、やることなすこと…そのすべてがタイミングの悪い総理大臣だった(笑)。それに比べると周恩来は確かに世界の歴史上でも忘れがたい政治家の一人であり、善悪を含めて大物であったことは間違いないだろう。 
ともかく周恩来のように、死後30年も経った後において研究に値する政治家など、いまの日本に一人としていないのではないだろうか…。それを考えると別の意味で薄ら寒くなってくる。 

ともかく本書はイデオロギーを前にして人間とは何と愚かで残酷、そして不可思議な存在であるかをあらためて教えてくれるような気がする。 

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 「人間周恩来〜紅朝宰相の真実」 

 発行日:2007年8月31日  第1刷 
 編者:金 鐘(きん しょう) 
 訳者:松田 州二 
 発行者:成瀬 雅人 
 発行所:株式会社原書房 
 コード:ISBN978-4-562-04093-3 
 定価:2,200円(税別) 
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