「トラウマ」というと大層に聞こえるかも知れないが、重度の場合はともかく誰でも多かれ少なかれ心の傷を覆い隠し、あるいは気づかずに生きていると考えるべきかも知れない。そして特に幼少期において受けた心の傷は深くこの歳になってもその傷が夢となって現れるのだから困る…というより自分でも興味深い…。

 

TBSドラマの「JIN-仁」やNHKの大河ドラマ「龍馬伝」の影響か、今年は坂本龍馬が注目を浴びている。
幕末そして明治新政府に大きな影響を与えたという龍馬は意外にも幼少期に体も弱く、寝小便を繰り返していたということを知り龍馬がより身近に感じられた(笑)。
いや、この歳になっても白状しづらいが、実は私も小学校低学年のころまでいわゆる夜尿症に悩まされたからだ…。
子供心に朝起きて布団が濡れているのを知ると逃げ出したい気持ちになったものだが、ありがたいことに母はそんな私をなじることもなく黙々と夜具を始末してくれた。
言い訳がましいものの実はこの寝小便に関して立派な理由があるのだが、驚いたことにこれこそトラウマになっているのかこの歳になってまでその影響と思われる夢を見ることがある…。

その夢だが…。まず小便をしたいからとトイレを探すところから始まる。
ただしその後のシーンが細かな点ではその都度違うものの、基本的にはパターンは一緒で困惑の場面に出くわすのだ。
まずトイレがやっと見つかりドアを開ける…。無論用を足そうとドアを開けるが、決まって床が酷く汚れているとか真っ暗で躊躇する。あるいは入ってドアを締めようとするがスペースが極端に小さくてドアが締められない。その上、どう考えてもそこはトイレのようではなく洗濯物が下がっているとか人の気配がするなどなどで用が足せず結局そこで目が覚める…といった具合なのだ。いや、念のため申し上げて置くが今は決して漏らすことはない(笑)。

「トラウマ (trauma)」とは一般的に精神的外傷、すなわち物理的に負った心の傷が長い間続くことを意味するわけだが、私が幼少期に過ごした場所は東京都北区中十条三丁目という所だった。
現在では残っていないものの京浜東北線「東十条駅」を見下ろす崖上に建っていた「筑波荘」という筑波山が遠望できるアパートに小学五年生の一学期まで暮らしていた。
アパートといっても現在よく見受けられるようなシンプルで綺麗な建物であるはずもなく、それは2階建てでエントランスには太いエンタシスの石柱があるような重厚というか重苦しい造りの建物だった。

そのアパートは時代背景もあってトイレと洗濯場および干し場が共同だった。
子供心に一番の問題はトイレの位置で昼間はともかく夜1人で廊下を歩き、左に曲がってトイレに行くその過程が暗くそして大変恐ろしかったのである。
それは私が人並み以上に小心者であったということではない(笑)。なぜなら隣の一家は夜トイレに行く場合、必ず家族全員で出かけることにしていた。それは無論子供であっても大人であっても1人では心細いからだったろう。

トイレは建物内にあり別棟になっていたわけではないが皆が怖がる決定的な理由があった。それはアパートの隣が寺に隣接している墓地だったからだ!
昼間はなんということはない…。墓石の間を駆け回って子供達は遊んでいたし、閻魔大王の石像の王冠部分を灰皿代わりにしていた大人たちもいたが、夜になるとその別世界には誰も好んで立ち入ろうとはしなかった。

それに廊下を直進する向こうには両引き戸があり、そのガラス窓から墓石のいくつかが見えるというのだから子供には酷な環境であり、ついつい小便を我慢してしまう…。
それにアパートの廊下自体裸電球が一つ二つあるだけで大変暗く、墓地側にある外灯から映し出される木々などの影が恐怖心を煽ることになる。
いや、そうした想像力のなせる怖さだけではなかった…。それは小便はともかく大便の場合は別の怖さもあったのである。
トイレは水洗であるわけはなく、いわゆる汲み取り式であり便器は大きく穴が空いているだけでその下の便壺は小さな子供にとっていつ落ちるか不安な恐怖の世界であった。事実幼児が落ちて大変なことになった例もあり子供心に座り込むのが怖かった。
幼児が助け出された時、アパートの住人全員が出来るだけ多くの湯を沸かして洗濯場に持ち寄ったことをおぼろげながらに覚えているが、命にも関わる怖い場所だという意味で私はトイレというものに恐怖を覚えるようになったと思われる。

小学校5年の2学期に板橋区に新たに建った2DKの住宅に引越することになったが、嬉しかったのは部屋が広くなったとか小さいながらも庭があったということではなく我が家専用トイレがあるというその一点だった。それも水洗であり弟と心から喜んだことを今でも忘れない。
だから自立し結婚してから私は一般より早めにいわゆるウォッシュレットを購入した。それは暗くて怖い、そして不潔な…といったイメージのあるトイレを居心地の良い場所にしたいからという意味からも最優先の選択だったのだ。
墓地の影を見ないように怖々トイレに通った時代から早くも50年もたっているというのに前記した類の夢をいまだに見るのだから自分でも苦笑せざるを得ない。
しかしこればかりは子供の時分に心の奥底に深く刻み込まれた傷なのだろう…自分ではどうしようもない。まあ特に実害がある訳でもないから良いが、それこそこのトラウマは墓場まで持ち込むことになりそうだ(笑)。

そうそう、世のお母さん方…もしお子さんに夜尿症の気があったとしても寛大に接してやってくださいな。