電子メール物語〜ビジネスの質が低下している!

サラリーマンを20年、その後に自身で起業し14年間過ごして現在はフリーで飯を喰っている経験から申し上げるといろいろな価値観が変化するのは当然としても確実にビジネスの質が低下していると感じるこの頃である。


昨今はいじめの問題や子供に対する虐待など陰惨な話題が多いが、長らくサラリーマンを含めてさまざまな業種のビジネスを体験してきた一人として感じることは、ビジネスの世界でもモラルが低下していることをひしひしと感じる。

話をコンピュータとかいわゆるIT産業といった世界に限っても、物の価値観が変わっていくのとスライドしてか、志が低く契約とか約束を重視しないビジネスや担当者に巡り会うケースが多くなってきた。また従来の電話によるコミュニケーションから電子メールによる情報交換に移行してきた間にビジネスに大切な "あれこれ" もいくつか失われてしまった感がある。
機会があれば具体的にそれらのケースを紹介したいと思うが、最近も自身がサインし捺印した契約書の存在を無視する企業の代表者に遭遇して驚いたが、そうした企業やその代表者が多くのユーザーや株主の共感を得るビジネスなど出来るわけがないと思う。

さてビジネスの質の低下といえば電子メールにかかわる問題も多い。
電子メールの利点とは申し上げるまでもなく電話や手紙あるいはFAXなどと比較してレスポンスの向上が図れるという一点にあると思う。
反面、休暇中にもビジネスメールが追いかけてくるといった事実もあるが、こんなに便利なツールは他にない...。だからこそこれだけ電子メールが使われているわけだ。
しかし、ここのところ気になるのはそのレスポンスが利点のはずのメールに反応が極端に遅い人たちが現れたのに気づくようになった(笑)。
無論土日や祭日、あるいは自身の休暇時にはビジネスメールは見ないという人もいる。それはそれで筋が通っているから問題ではない。
できるビジネスマン(ビジネスウーマン)は、自身がメールの読めない環境に入るとき、現在進行中で急ぐやりとりがある可能性のある相手には、あらかじめその旨を知らせておくことを忘れない。
しかしそうした連絡もないまま、ウィークディに数日間も返事がない相手とは仕事をスムーズに遂行できるとは思えないではないか...。
でも、もしかしたら風邪でダウンしているかもしれないし、急遽遠方出張のはめとなり、メールが読めない環境下にあるかも知れないとプラス指向で待ち続けても返事がない。物事には期日とか締めがあるので仕方なく電話をしてみると「あっ...返事をしていませんでしたっけ」としゃあしゃあとしている(笑)。なかには「まだメールを見ていません」と言い切る奴もいる。おいおい...仕事大丈夫なのか...。

また「電子メール依存症」といった感じで、全てのビジネスは電子メールで解決できると思っている輩も多くなっている。
電子メールだから失礼だ...といった時代ではなくなったから、一般的な情報交換は電子メールで済むことも事実だ。しかし何でもかんでもメールを一通送っておけばすべて自分の思うとおりに事が運んでいる...運ぶ...と思っている輩も多くなった。困ったことである。
「mixiのITニュース」でメールの生みの親とまで言われているエリック・オールマン氏が「電子メールは使われすぎている」と苦言を呈していたのが印象的だったが、私も心からそう思う。

そんな中、先日「さすがだなあ...」と思うことがあった。大手企業から製品を期間限定でお借りし、お約束期間に間に合うようにと宅配便を使ってご返却した。荷物の中には至極簡単ではあるがお礼のメッセージを添えた...。
翌日私の携帯電話に非通知通話がかかった。誰だろうかと電話に出てみるとその企業のYさんであった。ちなみにYさんとは面識はあるものの足かけ6,7年はご無沙汰していた...。そのYさんから「荷物は間違いなく届きました」というご報告と「荷物に添付されたレターヘッドに携帯電話の番号があったのでお礼かたがた電話をしてみました」というお話しだった。
こうしたやりとりを「別に珍しくもない」と思う方は幸せな人だ(笑)。メールでご一報いただくだけでも嬉しいし、荷物が届いたのか届かないのか何の連絡もないことの方が残念ながら一般的な時代になってしまったのだから。
ましてやYさんは大企業の方である。私は自身を卑下するつもりはないものの、とかく大企業の担当者は忙しいことを理由に日々の細かな心遣いを疎かにしてしまうことがあり得るものだ。

「荷物が届きました」といった至極単純な電話ではあったが、僭越ながら私はYさんのお人柄をますます好むと同時にYさんの勤務されている大企業の可能性を一層信じる気持ちになった。
メールの相手は生身の人間である。それを忘れてか...機械的にメールの送受信だけで仕事が済むと考える人たちは、今一度原点に戻って仕事...ビジネスとはなんだろうかと考え直すべきではないだろうか。メールのやりとりはあくまでビジネス遂行の手段であり目的ではないのだから...。

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デジタルアートに見る私とビル・ゲイツ氏の接点(ウソ〜笑)

1994年にマイクロソフトのビル・ゲイツ氏がクリスティーズのオークションで3億800万ドルで落札した、レオナルド・ダ・ヴィンチ直筆の「レスター手稿」は昨年日本でも公開されたが、同じく1994年に私もいささか思い切って高価な画像データ集を購入した。


実はビル・ゲイツ氏が「レスター手稿」を入手した同じ年に私は「クラシックアートギャラリー」と称する13枚組の著作権フリーCD-ROMを手にした。それは総額179,400円で、ゲイツ氏の額と比較するにはあまりにも規模が違いすぎるが(笑)私にとっては大金だった。

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※著作権フリーの13枚のCDで構成されている「クラシックアートギャラリー」セット


ゲイツ氏はその後、現在のCorbis社のCorbis Collectionを構築し、2001年8月には日本法人である(株)コービスジャパンを設立。動画などを含むフォトストックビジネスを展開している。
ちなみにCorbis社は現在もビル・ゲイツ氏が所有する会社ではあるものの、マイクロソフトの業務とは関連の無い独立した活動を行っているという。
一時はマイクロソフト、あるいはビル・ゲイツ氏はその豊富な資金力にまかせて人類共通の資産まで個人所有とするのか...という危惧から、多くの報道にさらされたが「レスター手稿」は一年に一カ所に限り公開を許可しており、昨年森ビルで開催された「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」もそうした一環だった。

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※昨年に開催された「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」で購入した「レスター手稿」のコピー。オリジナルはビル・ゲイツ氏と夫人の個人所有


ところで1994年に私が購入した13枚のCD-ROMは米国PLANET ARTが制作したもので、販売はインスタントレタリングなどデザイン界で有名なレトラセット(Letraset)社だった。しかしそのレトラセット社はいまはない...。

さて、そのCD-ROMの内容は印刷や出版にも耐えられるだけのクオリティを意図したこともあって、すべてKodak Photo CDフォーマットで記録されている。したがって一枚のCD-ROMには192×128ピクセル、384×256ピクセル、768×512ピクセル、1,536×1,024ピクセル、そして3,075×2,048ピクセルという5種類の解像度でイメージがそれぞれ100点収録されている。そして問題の中身.....コンテンツだが、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、アルブレヒト・デューラー、ロートレックとフランスポスター集、ギュスターヴ・ドレ、ウィリアム・モリス、チャールズ・ギブソン、中世宗教画集、古典アラビア文様集、19世紀学術イラスト集、古典建築イラスト集、中世のアルファベット集、日本の古典織物家紋集の13種である。

CD一枚当たりの価格が13,800円となるが、この製品は「著作権フリー」であり、特にイメージを自由に編集・加工して独自のビジュアル素材として自分のアートワークに取り入れることを許諾している点が売りである。
レオナルド・ダ・ヴィンチを例にすれば、"モナ・リザ"や"最後の晩餐"といった作品とは別に、解剖図、武器などのスケッチも多々含まれている。

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※「クラシックアートギャラリー」の「レオナルド・ダ・ビンチ作品集」収録例の聖母子像。PhotoCDによる記録は独特の黒いフレームが存在する


私は「クラシックアートギャラリー」とは別に、例えばフィレンツェで制作されたローマのシステーナ礼拝堂に描かれたミケランジェロの天地創造を撮影したスライド集なども所持している。またこれまでにも博物館や仏閣の宝物館などで販売されている収蔵品のスライドなども意識的に集めてきた。
しかしこれらをデジタル化することは簡単でもその取扱は大変難しいものがある。何故なら、例えば前記の「天地創造」のスライド一枚一枚には"Reproduction prohibited"と転載を禁じる印刷がされている。したがって理窟としてはウェブ上においての活用も許されないことになる。
もし、これらのイメージを広告やウェブデザインなどに必要とする場合にはご存じのようにフォトストックとかフォトライブラリーといったビジネスがあり、現在ではインターネットを利用したダウンロードやCD-ROMによる販売を手がけている会社も多い。
事実先の
コービスジャパンやフォトディスクとして知られているゲッティイメージズジャパンなどからもクオリティの高い写真を入手することができると思う。しかしそれらも当然のことながら著作権保護の立場から、二次的利用にいろいろな制約があるはずだ。

そうしたあれこれを考えると手元にあるこの13枚のCD-ROM「クラシックアートギャラリー」はいまや貴重な存在なのかも知れない。
現実問題としてレオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザやミケランジェロの天地創造といったコンテンツを何かのアートワークに使う機会があるかどうかはともかく、これらの名画がデジタルとはいえ、そしてある種の利用制限(再販・再配布の禁止)は当然としても自分の手中にあることは大変気分が良い。
ビル・ゲイツ氏はその後も将来のビジネスの一環としてか、さまざまなデジタル化されたアート・コレクションの権利を獲得しているようだ。ゲイツ氏の真の志しを私は知る由もないが、古くからクリップアートやこうしたデジタルライブラリを収集してきた一人として、その種の性(さが)は分かるような気がするWinking

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DAZ Productionsの "FREE" コンテンツを見逃すな!

Poserなどの3DコンテンツのダウンロードサイトであるDAZがここのところ新しくリリースする高品位のコンテンツを限定し、期間限定でフリーとして公開している。特にPoserユーザーはこれを見逃す手はない!


最近この種のダウンロードサイトは様々なセールや企画によりユーザーの興味を引こうと躍起になっているように思える。
DAZの例を挙げればすでにお伝えしたが、3D景観ソフトウェアの新バージョンで価格が99.95ドルの「Bryce 6」を、同サイトのプラチナクラブ会員向けにたったの6ドルで提供するといった戦略を続けている。またほとんどの新しいコンテンツには期間限定で割り引き価格を設定している。
とはいえ、様々な企画のうちユーザーにとって一番魅力的なのはやはり「無料」「FREE」のアイテムが増えることだ(笑)。しかしこの種の企画も一頃とは様相が違ってきた。

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※現在Poser用ならびにLightWave用の無料コンテンツを掲載しているDAZサイト


DAZはもとよりだが、他の同種のサイトでもフリーのコンテンツサービスはこれまでにも存在した。しかしそれらはフリーとして配布するために用意されたものたちであり、Poser用のコンテンツであっても極々ベーシックな小物であったり、場合によってはクオリティに難があり、実際の活用はためらうようなものまであった。
しかしここのところ、DAZで配布されるフリーコンテンツはそうしたものではなく歴とした製品を短い期間限定で配布するという戦略をとっている。例えば今日現在フリーで配布されている「Dystopia City Blocks 001-010」は通常の販売価格が29.95ドルの製品であり、フリーの期間が過ぎればそのまま29.95ドルで販売されるものだ。そしてそのコンテンツの中身も文字通りのオマケ的なものや、フリーらしい手の抜いたものではなく29.95ドルでも安いと思わせるような大変完成度の高いものである。

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※前記した「Dystopia City Blocks 001-010」はビル群のオブジェクトがユニットになっているもので活用度の高いコンテンツ(上)。また現在16.95ドルで販売されている建物の一角を表現した「Manor House」というコンテンツも少し前にはフリーで配布されていた(下)


この先この手のサービスがまだまだ続くのか、あるいは別のサービスが展開されるのは不明だが、少なくともPoserやBryce、LightWaveユーザーは一週間に一度はDAZサイトを訪れて新しいフリーコンテンツをゲットするべく確認することをお勧めする。

■DAZ Productions, Inc.

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「20世紀コンピュータ・アートの軌跡と展望」を見に多摩美美術館へ

「20世紀コンピュータ・アートの軌跡と展望」〜現代アルゴリズム・アートの先駆者・現代作家の作品・思想〜に大谷和利さんから誘っていただいたので始めて多摩美術大学美術館へと向かった...。


11月10日の金曜日、新宿から京王線に乗り調布で乗り換えて京王多摩センターへ。当日は天気も良く、日差しが眩しい街並みを眺めながら多摩美術大学美術館に向かう。真っ青な空にはひときわ目立つ飛行機雲が...。

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※多摩美術大学美術館の正面


さて「20世紀コンピュータ・アートの軌跡と展望」だが、そういえば最近"コンピュータ・アート"という言い方はあまり聞かなくなったのではないだろうか...。
私がパーソナルコンピュータを使い始めた1980年代初頭、念頭にあったテーマは「コンピュータで絵らしい絵が描けるか」「コンピュータはメディアになりうるか」といったものだった。当時のマシン能力や周辺機器の状況ではどう転んでも、例えば手軽にシルクスクリーンと同様なクオリティを望むことはできなかったしカラーモニター上の表示も決して美しいとは言えなかった。
とはいえ、草月会館などをはじめ、私もいくつかのデジタルアート展に請われて作品を出品したこともあったが、まだまだプリンター出力がままならず、大判サイズの印刷は勿論カラーリングも思うようにならなかった。

もともと、私がパーソナルコンピュータのソフトウェア...特にそのインターフェースの研究を始めたきっかけは自身でコンピュータ・アートを試みたい一心で、デジタルな画材...ツールとしてのソフトウェアとその使い勝手を見極めるという至極当然のことからスタートしたものだった。
コンピュータで絵を描くとはどういう行為なのか。デジタルの画材はどうあるべきなのか。意図する表現を実現するためにはどのような手段・ツールが必要なのか...。といった様々なアプローチの課程で膨大なソフトウェアを入手するはめになってしまい、結果としてそれらのユーザーインターフェースを考察しつつ、最後には自身でソフトウェア開発会社を起業するはめになったWinking
したがって、私にとってコンピュータ・アートとかデジタルアートという代物は他人事ではないのである。

というわけで、今回久しぶりにコンピュータ・アート展を覗いたわけだが、大判作品はもとより、一般の印刷物では表せないほど美しい特色を多用した作品などを眺めていると鑑賞以前に羨ましくなってくる(笑)。
但しこれらの作品はいわゆる一般に言うところのデジタルアートではない。どういう事かと言えば、例えばパソコンとPhotoshopを使い、ペン・タブレットで絵を描いた...アートした...ということではない。
「20世紀コンピュータ・アートの軌跡と展望」の一環したテーマは「現代アルゴリズム・アートの先駆者・現代作家の作品・思想」という副題のとおり、何らかの数学的な原理や解析を用いたプログラムを必要とし、人の手だけでは創出できない視覚的な造成を試みることであり、何らかのアルゴリズムによるコンピュータ自動描写テクニックを含んでいる作品たちである。

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※「20世紀コンピュータ・アートの軌跡と展望」のカタログ


またまた思い起こせば、前記した「羨ましい...」と言ったことにも通じるが、私らが1980年代に試行錯誤したコンピュータ・アートはまだまだ時代が容認してくれない要素が多々あり、その存在意義を理解をしていただくのに随分と苦労した思い出がある。
その大きな要因はビットマップ出力でしかなく、表現力としての完成度が低かったことがあげられる。その他にも作品のデジタル的な複製が無限大に存在すること。コンピュータだから簡単・安易に作品作りができるだろうという錯覚。さらには数学的な偶然性は作者の意図ではなく、それは作品とは呼べない...。といったコンピュータとアートに対する無理解からくるものだった。

ただ、理詰めで考えるならコンピュータ・アートを試みていた私ら自身にも問題があったことも事実である。それはコンピュータ・アートをある種の時代の寵児として良い意味で特別扱いしようとした感もあった...。
そもそもアートという視点から見るなら、本来コンピュータを使って描いたから特別視するといったとらえ方は適切ではない。油絵や版画、そして素描でもその作品から何らかのインスピレーションを見る者に与えることが出来うる作品なら、技法による差別はあってはならない。
今回の「20世紀コンピュータ・アートの軌跡と展望」に出展されていた各作品を前にし、それらを鑑賞している来場者の反応を見ていると、そうしたコンピュータ・アートに対して正統な評価がなされているように思えて嬉しかった。

なお同展は12月17日(日曜日)まで多摩美術大学美術館で開催されているのでご興味のある方は是非足を運んでいただきたい。
最後にお誘いいただいた大谷和利さんはもとより、同行していただいた杉山久仁彦さん、そして多摩美術大学教授の久保田晃弘さんにあらためて御礼を申し上げる。

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アップルストアの配送業者が福山通運からヤマト運輸に変更

先にApple Storeから購入したiPod nano(PRODUCT)REDが届けられたとき、「あれ...」と思った。なぜならいつもと違ってヤマト運輸の宅急便で届けられたからだ。


また先日2G iPod shuffleについての出荷案内メールがアップルから届いたが、配送業者はしっかりとヤマト運輸と明記されていた。そして当然ながら当該荷物はヤマト運輸が届けてくれた。
ご承知のようにオンラインのApple Storeが国内でスタートした際から、その配送は福山通運だった。それがどうやら始めてヤマト運輸に変わったようだ。
アップル側の思惑は知る由もないが、この配送業者の変更は購入者にとってもどうでもよいことではない。

消費者から見て福山通運の不便さは明らかだった。別にお兄さん達のサービスが悪いとか、態度がどうの...といったことではない。私が体験した例としてはまず夕刻からの再配達に対応してくれなかったこと。そしてどうしても不在が続く場合にマンションの宅配ロッカーに入れておいて欲しいと要望したが「手渡しするようにアップルから言われている」の一点張りでついに品物を手にすることが遅れたことがある。

まあクライアントとしてのアップルが配送業者に対してどのような厳しい条件を要求しているかは分からないし、これらがアップル側の問題なのか業者側の姿勢なのかはともかく、すべてのシステムは消費者の利便性につながり、サービス向上に結び付かなければ無意味だ。
他の地域はわからないが、私のところではヤマト運輸のサービスはこの業界では最高だと思われる。特に代引きなどの場合には必ず事前に電話をもらえるし、荷物のピックアップもスピーディー、そして不在票が入った後の再配達もかなり夜遅くまで届けてくれる。

今回の配送業者変更が、遅くに帰宅する一人暮らしのユーザーたちの利便性向上に貢献してくれることを願いたい。

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