Poser入門講座〜Poserによる被写界深度の初歩の初歩

「被写界深度」という言葉は、本格的に写真を撮る方にはお馴染みだが、Poserによるレンダリングの際もこの「被写界深度」機能を上手に活用すれば、リアルで作者の意図を的確に伝えるビジュアルを作ることが出来る。


Poser入門者の知人から「被写界深度」のことで質問があった。よくデジカメで写真を撮っているので知っているかと思ったが、そういえばデジカメも一眼レフクラスにならないと「被写界深度」などは意識しないらしい。
しかし、「被写界深度」をよくご存じの方々にとっては当然のことばかりなので読み飛ばしていただきたい(笑)。

さて「被写界深度」をひと言で説明するなら、写真技術においてピントが合っている範囲・領域のことだ。この範囲が広いことを「被写界深度が深い」、反対に狭いことを「被写界深度が浅い」と表現する。
写真技術では、例えば人物の写真を撮る際に、背景をぼかすといったことを意図的に考えるから、是非にも「被写界深度」とはどのような理窟なのかを覚えなければならない。それと同様にPoserによるレンダリングも3Dによるシーンの撮影と考えられるわけであり、無論「被写界深度」の設定機能を持っている。第一、3Dアプリケーションは絵作りの意味において写真技術のシミュレーションでもあり、写真の知識は大いに役立つのである。

Poserでシーンを構成し、それを静止画としてレンダリングする場合に初期値のままで行うと「被写界深度」はOFFになっているため、全景から背景にいたるすべてにピントが合った結果となる。
無論そうした意図で絵作りをするなら良いわけだが、「被写界深度」を上手に利用すれば写真にリアリティと共に作者の意図を明確にした作品作りできる。なぜなら私たちは自然というか空間を眺めている場合、実は大変狭い範囲・距離感のみしか凝視できていない。
逆に撮影した写真を例にするなら、ピントが合っているエリアに自然に視線が集中するため、背景をぼかすことで対象をより引き立てた絵作りができることになる。そして前記したリアリティというか、写真に奥行き感を表現するにも役立つわけだ。
繰り返すが、Poserによる絵作りも基本的には写真の撮影技術と変わるところはない。対象があり、照明・光が存在し、カメラでそのシーンの特定エリア、フレームを切り取ってレンダリングすることは写真のシャッターを切ることと同じと考えられる。事実Poserの「パラメータ/特性バレット」のカメラに関わるパラメータを見れば、そこには「焦点距離」「シャッター」「Fストップ」といった類のパラメータが備わっている。

さて、それでは簡単にPoserによる「被写界深度」の一例を見ていただこう。
例として背景を設定してその前にPoser 7のメインキャラであるシドニーG2嬢を立たせてレンダリングをやってみる...。
無論カメラの例を持ち出すまでもなく「被写界深度」の条件を掘り下げればレンズの焦点距離やらの問題をも相互関連させて理解しなければならないが、ここは乱暴ながら単純にして話を進める。
したがって、メインカメラの焦点距離やらは初期値のままで、Fストップ...すなわち絞りの値を変化させた例をご覧いただこうと思う。

まず確認しておくと、Poser 7の初期値として焦点距離は55mm、fストップ...すなわち絞りはF2.8に、そしてレンダリング時のオプションにある「被写界深度」はOFFになっているはずだ。この点を頭に入れていただき、まずは「被写界深度」をOFFにして例題のコンテンツをレンダリングしてみる。
本例では、結果を縮小した形でしかお見せできないので、少々分かりづらいかと思うが、一番前に位置しているシドニー嬢はもとより、左右の木、そして遠景に至るまでがはっきりと見える。すなわち前景から遠景に至るまですべてにピントが合っているわけだ。

FValue_01
※被写界深度をOFFにしてレンダリング。前景から遠景に至るまでピントが合っている

次にカメラの絞り値を初期値のF2.8のままで、レンダリング時にオプションの「被写界深度」設定をONにしてみよう。
レンダリングの時間が「被写界深度」OFFの時よりかなり長くなるが、その結果は明らかにシドニー嬢とそのすぐ後ろにある木にピントが合っているものの、それより後ろに位置する右の木は勿論、遠景はほどよくぼけている。おわかりだろうか。

FValue_02

FValueF28_03
※Poser 7のレンダリングオプション設定にある「被写界深度」をON(上)によりレンダリングした例(下)。右の木が少しぼけている

さらにカメラの絞り値をF1.0と極端にしてから再度レンダリングをやってみた。
F2.8の例と比較すれば一目瞭然だが、シドニー嬢の後ろの木も少しぼけ気味となったが、その背景はこれまた綺麗にぼけているのがお分かりだと思う。

FValue_04

FValueF10_05
※「Fストップ」値を1.0に設定(上)。レンダリング結果は右側の木や背景は大きくぼけているし、左の木も多少ぼけている(下)

こうして「被写界深度」を上手に活用することにより、作者の意図に合ったよりよいイメージが作れることになる。Poserの基本的仕組みとレンダリング機能に慣れたら、是非この「被写界深度」に関わるパラメータをあれこれと操作して、イメージがどのように変化するかを試していただきたいと思う。

FValue_06
※一連の作例をほぼ真横から眺めた図だが、配置と距離感を確認していただきたい

知人のように「後からPhotoshopでどうにでもなるのでは...」と考える方もいるかも知れないが(笑)、物事の理窟を知った上でないといたずらに後から加えるエフェクト類の結果は不自然なものになってしまうことも多い。
そういえば、現在はほとんどの3Dアプリケーションにこの「被写界深度」の機能はサポートされているが、その昔(1989年)にMacintosh版のShadeβが初めて登場するというので評価記事を依頼された際、「被写界深度」機能が搭載されていたのに驚喜した覚えがある。当時はそれだけでも立派に売り物となった時代であった。
そうした3Dの昔話に興味のある方は、別途
「パーソナルコンピュータによる3Dの変遷」をご参照いただきたいが、Poserでも簡単にその種の表現ができるのだからありがたい時代である。

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iPhone のキーワードはまたしても "hello" だ!

AppleのサイトにiPhoneのCMが公開された。それは映画の中での電話シーンをつなぎ合わせるというシンプルだが印象的なものだが、そのタイトルは"hello" だという。
Appleが "hello" を新製品に使うのはこれで4回目だ!


ここに登場する映画の多くは見ているはずだが、俳優達の名前が思い出せない(笑)。それでもクラーク・ゲーブル、スティーブ・マックイーン、ハンフリー・ボガード、マリリン・モンロー、ダスティン・ホフマン、ジョン・トラボルタらは分かったけど、どうものど元まで出かかった記憶は気持ちが悪い。

helloagein4_2
※公開されたiPhoneのコマーシャル

それはともかく、これは映画の電話シーンを繋いだものだが、そのすべての台詞は「hello」である。そしてAppleのウェブ上には「Watch "hello"」とあるから、このコマーシャルのタイトルは"hello"なんだろう...。
勿論、電話口での"hello!"は日本語の「もしもし...」に相当するわけで、何の不思議もないわけだ。しかしも多くの方がすでにお気づきだと思うが、Appleが新製品リリースに際して"hello"というメッセージを使うのはこれが初めてではない。いや初めてどころか何と4回目である。
よほどスティーブ・ジョブズは"hello"がお好きなようだ(笑)。まあ、若かりし頃にはスティーブ・ウェズニアックが作った無料で世界中に電話をかけることができるブルー・ボックスと呼ばれてる装置を使い、バチカンに悪戯電話をかけたという。そう...悪戯電話といえば先のMacworld Conference & Expo 2007の基調講演でもiPhoneの紹介時に近所のスターバックスに悪戯電話をかけた...。どうやらジョブズはもともと電話というガジェットが好きなのかも知れない。

さてその "hello" だが、最初はあの1984年に発表したMacintosh 128Kである。9インチのモノクロモニターに手描きの "hello" が表示されている図をご覧になったことがあると思う。
2度目はそのMacintosh 128Kの再来とも称されたiMacの発表時だと一般には信じられているが、実際にはMacintosh 128Kのメモリを512KBに増設したMacintosh 512K(通称FatMac)を早くも同年9月に発表した際に"hello agein" を使っている。

hello again
※1984年制作のカタログ裏表紙(部分)には、128Kに"hello"、512Kに"hello again"が使われている

無論iMacでも再び"hello agein"というメッセージがそのモニタに描かれた。そしてまたしてもiPhoneで "hello" である(笑)。これで4度目となる。
ジョブズは電話好きでhello好きのワンパターン人間なのか...(笑)。
いや、冗談はともかくも、常に革新的で新しいものを作り上げているAppleならびにスティーブ・ジョブズが、同じコンセプト・アピールを繰り返すそのことが面白いと思う。

■Apple iPhone CM

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シスコとアップル、iPhone商標に関して合意を発表!

Appleは2月21日、同日付けで両社が “iPhone” の商標に関する論争を解決したと発表した。Apple商標権問題解決に続き、またしてもジョブズの現実歪曲フィールド効果か?


世界中から注目を浴びているAppleのiPhoneだが、ただひとつの問題はCiscoとの商標権トラブルだった。したがって一部のアナリストたちによれば、6月の製品リリースに向けて本当に"iPhone"の名で出荷できるかを危惧する声もあった。
しかし、2月21日付けのAppleウェブサイトによる発表によれば、合意の仔細については公開されていないものの、 AppleとCisco両者ともに"iPhone"という商標を製品名に利用できることを発表。またCisco とアップルはセキュリティや通信エリアなどの問題で相互運用の機会を検討するとのこと。

結果的にはAppleは論争を自社に都合の良い結果に導いたわけだが、ある意味で見切り発車としてMacworld Conference & Expo 2007基調講演で発表した手前、万一製品名を変えるようなことになれば大きな汚点となる可能性もあった。
前記したように合意の仔細について両者は発表していないが、憶測を承知の上で言うなら、AppleはCisco側の譲歩を導き出すと共に、大きな代償を支払うことになったと考えるのが普通だろう。
Appleという社名についてはご承知のとおりだが、その他にもAppleはこれまで商標問題で多額の金をつぎ込んできたはずだ...。"Classic" しかり、"CLARIS" しかり、そしてまた"Dylan" しかりである。
懲りないといえばそれまでだが(笑)、ジョブズの現実歪曲フィールド効果もさることながら、Appleの好調さがその追い風になっていることは間違いと思う。まあ"iPhone"を使ってみたい消費者の立場からすれば、目出度いことだがWinking

■Apple, Inc.
■アップルコンピュータ株式会社

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「無印良品」のブックエンド類で書棚を整理中

これまで「無印良品」のショップが多々あるのは知ってはいたが、買い物をした経験がなかった。また「無印良品」というのが企業名だと思っていたが、社名は(株)良品計画ということも初めて知った(笑)。


以前住んでいた街にも近くの駅ビル内にこの「無印良品」のショップがあった。しかし立ち入ったことはなかった...。
現在の住居に移転して、生活用品をいくつか探していたとき、ここでも駅ビル内にショップがあったので、ぶらりと立ち寄ってみた。
実は探していた品のひとつがブックエンドなのだが、デザインがシンプルで価格もリーズナブルな品があったのでいくつか購入した。

引越をしてからすでに2ヶ月が過ぎた。大方の段ボール箱は綺麗に片付き、あるべき場所にあるべき物が置かれるようになったが、私が一日の大半を過ごす書斎兼、事務所の整理がなかなかつかない。
何とかメインマシン環境やネットワークあるいはプリンタなどの設備は使えるようにしたし、オールドMacやらの機材もいつでも使えるように設置ができた。しかしまだまだ未整理なのが大量の書籍類と資料、そしてフロッピー、CD-ROMなどのソフトウェアである。
資料や書籍を確認しようとしても、それがどこにあるのかが分からないほど時間だけでなく体力をも消耗することはない。理想は使いたいときに即手が届く位置に整然と分かりやすく並んでいることが理想だが、この理想は残念ながら放っておくと自然に片付くという代物ではない(笑)。

いろいろと考えた末に丈夫で安価、そしてフレキシブルな設置ができる書棚兼小物置きとして利用できる棚を設置した。そこで必要になったのが「ブックエンド」類なのである。棚自身に仕切りがないため、適当な"押さえ"がいるわけだが、ブックエンド自身が目立ったり、かさばったりするのは嫌だWinking
文具店から100円ショップまで回ってみたが、これはと思うのは意外に高かったり、安いものはプラスチック製の色物でデザイン無視の品物だったりと気に入らないものばかりだった。

「無印良品」で私は3種の品をそれぞれいくつか購入した。「ブックエンド」と「仕切りスタンド」、そして「マガジンラック」である。「ブックエンド」のひとつは金属板をL字型に曲げたシンプルなもので、色もモノトーンなグレーであり、ブックエンドの役割をきちんと果たすと共に目立たないのがよい。

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※「無印良品」の金属製ブックエンド

また樹脂製(スチロール)の「仕切りスタンド」は適度な丈夫さと顔料を使っていない無垢で半透明の感じがとてもよい。

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※「無印良品」の仕切りスタンド

金属製の「ブックエンド」は、文字通り書籍の仕切りと区切りのために使うが、「仕切りスタンド」はA4の雑誌など、少々大きめなものを支える役目を与えるつもりだ。そして「マガジンラック」は、例えばプリントアウトしたままで未整理の書類や、集めたカタログ、資料などを一時的に放り込んでおくために使いたい。

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※「無印良品」のマガジンラック

部屋のメインとなる大きな窓にはエアコンとブラインドを取り付け、備品などもそれらしく配置が済み、書斎兼事務所は取り急ぎそれらしくはなってきたが、中身の書籍類はいまだに整理中である。
「おっ、こんな本があったか!」といった発見やらもあって、なかなか作業が進まないが「無印良品」のブックエンドなどを十分買い込んだおかげで近々何とかなってくるものと思う。

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※新しく設置した棚の一部。ブックエンドがどこにあるのか、分からないのがよい

それにしても今更ではあるが、この "無印" というある意味で "ノーブランド" を真っ正面からブランドにしてしまったアイデアと企画性、そしてそこから生まれる商品構成には驚かされる。ちょっと見直したので時間があるときにはショップに足を向けてみようと思っている。

■無印良品

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筑摩書房刊「バベッジのコンピュータ」を読んで

随分と前に購入しておいた本をほとんど読まずにしまい込んでいるケースも多い。1996年初版「バベッジのコンピュータ」もその一冊で、資料的な部分だけを斜め読みしただけだった。今回一通り目を通してみたが大変面白かった。


コンピュータの歴史を紐解く際には必ず登場する歴史的な機械にENIAC(1946年)があるが、ケンプリッジ大学の数学教授チャールズ・バベッジの開発した「階差エンジン/解析エンジン」はその100年も前に設計されたものだ。
ただし、申し上げるまでもなく「コンピュータとは?」の定義により、歴史上に登場しては消えていった先人達の発明のどれがピックアップされるべきかについてはいろいろと説がある。
とはいえ、自動で計算結果が求められる機械、すなわち自動計算機は第二次大戦前後に多々登場し始めるが、それらはある意味でバベッジの夢見た進化の証だったといってよいかも知れない。

Babbage

現存する最古の計算機は古代バビロニアで発見されたある種のそろばんだと言われているが、人類が数を認知し、それを利用しようとした時から計算という作業は重要でありながら、大変面倒な作業のひとつとなった。したがってパスカルとかライプニッツという近代の天才達も、計算機の制作を試みている。しかし自動的に計算をしてくれる機械は簡単にはでき得なかった。
1820年代初頭にバベッジは「第一階差エンジン」と名付けた最初の機械式計算機を設計する。これは四則計算は勿論のこと、有限階差法を使って多項式を解くこともできたという。
この開発は英国政府の支援を受けてスタートしたが、11年もの努力の末に計算機構の一部が完成し、設計通りに動いたものの、資金不足を初めとする様々なトラブルがために開発は中断される。
その後バベッジは「解析エンジン」と称するパンチカードによるプログラミング機能を持つ機器の設計を試みる。これが現在のコンピュータの原型と考えられるものだが設計図は残ったものの、これまた残念ながら未完で終わる...。
その間、バベッジとパートナーとして活躍した美貌のラヴレース伯爵夫人、すなわちオーガスタ・エイダ・バイロンの物語はこの自動計算機開発ストーリーに美しい花を添えることになる。

本書の冒頭にはこの未完に終わった自動計算機を、バベッジ生誕200年にあたる1991年に、改良型である「第二階差エンジン」を完成させようという計画が起案され、見事に完成をみるまでの紹介がある。完成したエンジンは高さ2.1メートル、長さ3.3メートル、奥行き0.46メートルあり、その重量は3トンだった。
幻の「階差エンジン」は150年の空白を経て蘇った。そしてこれまで「階差エンジン」の開発が挫折した理由として、部品精度などの要求が、当時の技術的水準を超えていたからだとされていたものの、事情が許せばバベッジ生前に成就する可能性もあったことが立証されたという。バベッジの設計は正しかったわけだ。

本書の中盤から後半では、チャールズ・バベッジの生い立ちから「解析エンジン」をめぐる愛と挫折の物語が展開される...。バベッジと「解析エンジン」に巡り会った少女エイダはコンピュータに恋してしまったのだ...。
このエイダの役割については様々な説もあるが、彼女は確かにバベッジを尊敬し、プログラムという概念の解説に心を砕き、またいわゆるサブルーチンやループという発想の必要性についても認識していたという。
こうしたことからエイダは史上初のプログラマとしても知られ、その名にちなみ、1980年にFORTRANやCOBOLの後継として開発されたプログラミング言語は彼女の名である"Ada"と命名されている。
コンピュータ前史とそれに生涯をかけたバベッジならびにエイダの物語は一読に値する。

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 バベッジのコンピュータ

 1996年3月25日 第1刷発行

 著者:新戸雅章
 発行:筑摩書房
 書籍コード:ISBN4-480-04198-2
 定価:本体1,100円+税
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なぜAppleという社名に拘ったのか...をあらためて想像してみた

Appleという社名は創業直後からビートルズのレコード会社Apple Corpsから商標権侵害で訴えられ、長きにわたって論争の的だったが、それも先日歴史的な解決を見た。だからすでにどうでも良いのだが(笑)、何故Appleに拘ったのか?


当サイトでは
「Appleロゴデザインとその変遷」で、簡単にその社名の由来にも触れたが、それにしてもこのAppleという社名には大枚の金がかかった...。そもそもすでにビートルズのレコード会社が存在し、類似を指摘されることが予測できたはずなのに何故"Apple"という社名に拘ったのだろうか。

1976年、スティーブ・ジョブズはスティーブ・ウォズニアックと起業することになった際、その社名はApple Computerにしたいと言い出したという。ご承知のようにAppleという社名については様々な説があるが、考え出し、主張した張本人は間違いなくスティーブ・ジョブズその人であった。
これはウォズニアックがそう発言しているのだから間違いないだろう。
2人で車に乗り、パロアルトからロスアルトスに向かう途中でそんな話題になったという。ウォズニアックは最初聞き流したようだ。なぜAppleなのかは聞かなかったようだが、ウォズニアックはジョブズがリンゴ園で働いていたことがあったからか...あるいは音楽が好きなジョブズだから、Apple Corpsからヒントを得たのだろうと思ったらしい。無論、何故Appleなのかについてはジョブズ本人以外、誰も分からない(笑)。
ともかく、ウォズニアックは当然のことながらApple Corpsとの間になんらかのトラブルが発生する可能性のあることを危惧したという。
そうした懸念もあって2人は実際に別の社名をあれこれと考えたようだ。
ただし、結果的に最初に思いついた "Apple Computer" という社名の響き、イメージ、インパクトを超える良い名が思いつかなかった...。

さて、ここからは私の推察であるが、とかく最初に思いついたアイデアを超えるものはなかなか生まれないものだ(笑)。最初のアイデアの他に、もっとよいものがあるに違いないと時間をかけてあれこれと考えたあげくに、やっぱり最初のアイデアが良いということは多々あることだ。
それから、ウォズニアックがApple Corpsとのトラブルの可能性を認識していたにも関わらず、Apple Computerという社名に同意したのはジョブズの押しの強さだけの問題ではないと思う...。
要するにひとつは、彼らが後年、Apple Computer社がApple Corpsから訴えられるような大成功する企業になるとは真に思っていなかったと考えられる。
ふたつに、ガレージ企業からのスタートとはいえ、彼らは暇ではなかった。Apple IIの設計は無論のこと、生産のための資金調達やら専用ケースや部品の調達、無論それらを総合した生産ならびに販売ルートの確保などなどに多大なパワーを向けていた。
そもそも創業時というものは、何もかもが始めてであり、何をやるにもゼロからのスタートだ。だから、とにかくひとつひとつの業務に集中してことに当たらなければならない。
そうした超多忙な日常の中で、ジョブズもウォズニアックも社名がその後に引き起こすかも知れない問題を忘れたとは言わないまでも、優先課題にはできなかったのだ...と考えるのも自然なことだ。
3つ目に、私のつたない経験でもあるが、「社名など都合が悪くなったらいつでも変えれば良い」とジョブズらは考えていたのかも知れない(笑)。Apple Corpsから訴えられたら、そのとき社名を変えればいいし、第一訴えられないかも知れないではないか...と。

私が起業した際の社名についても創業時には「なぜコーシンなのか?」「社名の由来は?」と多々聞かれたものだが、その答えは驚くほどシンプルなのだ(笑)。
詳細な行きがかりは本筋ではないから遠慮するが、類似商号を避ける一方、正式な会社の設立登記を一日でも早くと迫られていた事情があった。だから取り急ぎそのとき私が勤務していた会社名の一部を借用して設立し、軌道に乗ったら誰から見てもカッコイイ社名に変えればよいではないかと考えた。これは本当の話である。
しかし社名というものは恐ろしいものだ。それが一端世の中に広まり、知られる機会が増えていくと、座りどころがよくないと思っていた社名もなにか当然のものという気がしてくる。一人歩きをしてしまう...。
そのうち、大きな仕事が多々舞い込み、オリジナルソフトウェアのヒットなどを経験するころには、あれほど「取り急ぎの社名」だったものが変更したくてもできないしがらみが出来てしまったのだ。

まあ、超マイクロ企業とApple Computerとを一緒にしては叱られるが、ジョブズにしてもウォズニアックにしても、後々の問題発生の可能性をどこかに認識しつつ、最初に思いついたAppleという社名に拘らざるを得なかった行きがかりがあったのだろうと思う。
歴史に if は禁物だが、もしジョブズとウォズニアックの会社が「Orange Computer, Inc.」だったとしても、私はその歴史に大きな変化はなかったと考えている。確かに当時の6色リンゴマークは大変魅力的だったが、大のAppleファンの私だとしても、そのAppleロゴでApple IIやMacintoshを買ったわけではないのだから...(笑)。

【参考文献】
・「Macintoshに愛をこめて」SOFTBANK刊
・「アップルコンフィデンシャル」アスキー刊

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ジョブズの現実歪曲フィールド効果か?Apple商標権問題解決!

Appleならびにいくつかの報道によれば、長年AppleとビートルズのAppleとで争われてきた商標権の問題に決着がついたという。しかも我々が考えもしなかった結末として...。ジョブズはこの度、どのような "現実歪曲フィールド" を使ったのだろうか。


よく知られているとおり、事の起こりはApple Computer社(現Apple Inc.)の創業までにさかのぼる。
ビートルズのレコード会社であるApple Corps社はApple Computer社のビジネスが起動に乗ると、すぐに商標権侵害だとして訴えを起こす。このトラブルは1981年11月に秘密裏に協定を結んだとされ一旦は終熄する。要はApple Computer社は多額の使用許諾料を支払い、Appleという商標権を維持することが出来たとされる。そしてこの時の約定ではあくまでApple Computer社はコンピュータメーカーとして、そしてApple Cropsは音楽企業としての棲み分けを明確にするということだった。早く言えば、Apple Computer社はApple Corpsの専門分野である音楽産業には手を出さないという約束だった。

しかしパーソナルコンピュータもマルチメディア云々を目指し、映像と共にクオリティの良いサウンドを扱えるようになってくる。Macintoshもそうした進化をせざるを得なかったが、これには1989年2月に再びApple Corpsが協定違反を盾に訴えを起こす...。もう泥沼の状態である。
Apple Computer社は協定違反を認めなかったものの、2,650万ドルをApple Corpsに支払うことで一応の決着をつけたとされているが、話はまだまだこじれる...。
その後、ご承知のようにApple Computer社はiPodを発表し、iTunesを起動に乗せる。まさしくこれは音楽産業への進出であると再びApple Corpsは提訴をする。
Apple Computer社の主張は「iTunesとネットワーク、そしてコンピュータで扱っているのはデータであって音楽ではない」というものだった。イギリスにおけるこの裁判は幸いにもApple Computer社に有利な展開をしたというが、まさしくAppleという商標はとんでもない高い代償の上にかろうじて輝いていたともいえる。

それが今回の合意である。合意したというだけでも驚きだが、何と...Appleという商標権はApple Inc.が所有し、Apple CorpsはApple Inc.へ使用権料を支払うという...合意に至ったという。何とも逆転満塁ホームラン以上の結果となったのだ。
その裏には両社の思惑と共に、多額の金が動くことは間違いないが、今年のMacworld Conference & Expo 2007でApple Inc.への社名変更を行ったときには、すでに基本的合意に達していたのかも知れない。

スティーブ・ジョブズは説得力に長けたCEOとして知られているが、身につけているというその特殊能力は「歪曲フィールド」に「現実」がついた「現実歪曲フィールド」と呼ばれている。そしてこの言葉は例えば毎日コミュニケーションズ刊「未来をつくった人々」(マイケル・ヒルツィック著/鴨澤眞夫翻訳)にもきちんと登場する。
理屈から考えれば「フィールド(field)」とはこの場合、電場・磁場・重力場などの「場」を意味すると考えられよう。そしてその前に「現実歪曲」と付くのだから文字通りその意味は「現実や事実を歪めてしまう場」といった意味になる...。
結論めくが「現実歪曲フィールド」は、スティーブ・ジョブズの持つカリスマ性が現実世界に及ぼす影響力を意味する言葉として使われる。
Apple Computer社が創立以来、彼の回りに多々語り続けられている逸話があり、すでにその多くは伝説化している。そしてそれらは主役がスティーブ・ジョブズでなければなし得ない結果を生むような場合に、例えば「ジョブズの現実歪曲フィールドが発動するや否や、一瞬で無理が有理に変化した...」などと使われる訳だWinking

今回、スティーブ・ジョブズはApple Corpsに対してどのような「現実歪曲フィールド」を使ったのだろうか(笑)。まずは目出度い!

■Apple Inc.

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Poser入門講座〜Eye Reflectionとは?

Poserのユーザーがまた一人増えた。その彼が自分でレンダリングした3Dフィギュアを3Dユーザーの知人に見せたところ「眼が生きていないから、リフレクションをかけたら...」とアドバイスされたらしい。


久しぶりの「Poser入門講座」である。
別件で電話をしているとき、彼が「そういえば、ひとつ教えてくれる?」と切り出した話が "Eye Reflection" のことだった。
どのような作品を作ったのかは見ていないが、彼が言うにはリアリティを出すために「眼にリフレクションをかけると良い」ということだけを聞いてきたらしい。無論リフレクション(Reflection)とは反射とか反射光を意味することは彼も知っている。だから「眼に光を反射させ、より生き生きさせることか?」と考えたらしい。そして「どうしたらそうしたことができるのか?」というのが質問の内容だった。

まず、Poser用の3Dフィギュアコンテンツなどをダウンロード販売しているサイトを丹念に見ていくと、"Reflection"...特に"Eye Reflection"といった表現が見つかるはずだ。そして販売コンテンツにリフレクションが何種類含まれている...といった記述もある。
あくまで3Dフィギュア、それも"Eye Reflection"について説明するなら、それは瞳に映り込む回りの景色を意味すると考えて良い。
ちなみに、明るいところにある鏡に自身の顔を近づけ、瞳をよく見て欲しい。そこに見る自分の瞳には自身の顔が映っているはずだ。

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※リフレクション効果を使っていないフィギュアの眼

したがって、あくまでリアリティを追求するなら、フィギュアが街並みを歩き、向こうのカフェを見ているときと、空を見上げたときの瞳をのぞき込むことができるとすれば、当然のことながらそこに映っている"映像"は違う...。

逆な見方をするなら、例えばフィギュアの視線が窓際を見ているか、あるいはそれこそ眼前にいる人間を見ているかは瞳に映っているモノが何かを見れば分かる理窟である。無論それはあくまで理窟だ...。
主人公のいる環境が暗ければ瞳に映った些細なことなど分からないし、第一人の眼は顔全体の面積から見ても普通はそんなに大きくない。したがって、かなり眼の部分だけをアップしなければ、瞳に映っているものなど、ほとんど分からない。
しかし、火災のシーンを見つめている主人公がアップになったとき、その顔が紅く染まり、かつ瞳に炎が映っているならリアリティはぐんと増す。そして瞳の大写しで、主人公がいま何処にいて、何を考えているのか...といったシチュエーションも表現できるかも知れない。

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※室内から窓枠を見たリフレクションマップ例(上)と、炎のリフレクションマップを使った例(下)。これだけ拡大しても眼に光は感じられるが、そのテクスチャはあまりよく分からない

「目は口ほどにものを言う」わけだが、私自身はあまりこの "Eye Reflection" に凝ったことはない。使うとすればリアリティを作り出すというより、演出の一環としてとらえた方が面白いと思っている。
よく漫画で闘志を燃やすシーンでは、主人公の瞳に炎がメラメラと描かれるが、あんな感じでフィギュアの瞳にも細工すると面白い。そうでもしなければ、極細の表現だから"Eye Reflection"の効果をアピールすることは難しい。
ただし、"Eye Reflection"の具体的な使い方は難しいものではなく、Poserの3Dフィギュアの眼に何らかの写り込みを表現するコンテンツが販売されているから、そうした中から意図するテクスチャがあれば使えばよい。
本例で使ったリフレクションデータはDAZ Productionsサイトから購入した「
Deep Reflections: Eye Maps」という専用コンテンツを使った一例である。さらにそのマテリアルを少々工夫すれば、自身で用意した映像を瞳の中に映し出すこともできる。

「彼女は顔を近づけ何かをささやいた。初めて間近に見た彼女の瞳には僕の顔が映っていた...」だなんていうシーンがあるなら、彼女の瞳には「僕の顔」を映し出したい(笑)。それは物理的な意味におけるリアリティといったものを追求するより、演出と考え、多少オーバー気味に表現しないと、繰り返すがもともと小さな瞳だからして、表現が生きてこないと思う。

EyeRf_05
※フィギュアの瞳に私の顔を映してみた例。無論現実の映り込みとは違うはずだが、このくらい大きく映り込ませないとその意図がはっきりしなくなる

まあ、個人的な意見としては、 "Eye Reflection" は特殊な場合以外あまり気にする必要もないと思うけどなあ...。というのが私のアドバイスなのだが...。

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